君がいるから
コツン コツン
だんだん人気も少なくなってきて騒がしさから一変、静けさが漂う歩廊へとやってきて、二足分の靴音しか聞こえなくなる。そんな中、1人俯き自己嫌悪に陥っていた。
もう。どうしてあそこで我慢出来なかったんだろう、私は。あぁいう態度だって最初から分かってたことなのに……それにまんまと挑発に乗ってしまった。しかも、人がいる所で恥かしすぎる。
肩をガクンと下げ、顔を両の掌で覆って穴に入ってしまいたい衝動に駆られる。
フッ
掌で覆っていた顔を前方にいる人物へと向け、動きを止めて目を細め見る。
「今、鼻で笑った…?」
私の問いかけに、先を行くジンが足を止めるも何も答えない。それに、微かに肩が震えたのは気のせいじゃないと思う。
「笑ってるでしょ、今まさに」
「……いや? 気のせいだろ」
少し上擦った声を聞き逃さず、ジンの返答に納得は出来なくて足早に真横に並び顔を覗き見た。
「やっぱり、笑ってるじゃないっ」
声を出さずに口元に手を当てて、笑を堪えているジンの姿に口を尖らせた。
「くくっ、おっお前さ」
「何ですか」
「いや? ふっくくっ」
「ちょっ! 人の顔見て思い出し笑いしないでっ」
私が見ている限りジンが声を、微かにだけど――出して笑うなんて珍しい。私はというと、あんな醜態を晒しておいて、釣られて笑えるわけがない。
「もう、笑わないで……人が自己嫌悪に陥っているっていうのに」
口を尖らせてうな垂れながら、ジンを残し歩み始める。はぁ~っと大きなため息が出たと同時に、フワッと頭に重みが乗り数回弾んだ。その正体は見なくてももう分かる。
「少しはスッキリしたんじゃないか?」
気づけば隣には前方を見据えるジンがいた。
「腹が立つ時は吐き出せ。悲しくなったら泣けばいい。楽しいと思える時は―――」
真っ直ぐ前に向けられた漆黒の瞳が私の瞳を映す。瞬間、大きく鼓動が波打つ。
"笑えばいい"
そう言って私に見せたのは、陽に照らされた無邪気な笑顔だった。
カートに乗せられたカップとソーサー、そしてティーポットの口からほんわりと湯気が立ち上る。
「あきな……」
少し離れた後方で、2人の姿を見つめるアディルの表情は悲しげに満ちていた――。