君がいるから


「ありがとう。俺の事を心配してくれて、嬉しいよ」

 顔を上げると、私の頭の上にアディルさんの大きな掌が乗せられた。それから、優しく髪を梳かすように指が時折、頭皮に当たる感触。
 気がつくと、間近にアディルさんの端整な顔があって、驚いて目を泳ぎ顔が熱を持ち始めてしまう。

「あきな?」

「……はい」

 名前を呼ばれても直視する事は出来なくて、返事をするのに精一杯。それに何となく、徐々に体が密着していく気がする。これは私の勝手な勘違いであってほしかったのに、いつの間にか自分の腰に何かの感触がして途端に焦りが滲む。
 でもそれが、アディルさんのもう片方の手だと気づくのに時間は掛からない。突然のアディルさんの行動に、私の頭は思考停止しそうなほどパニックに陥っていた。
 アディルさんから甘い香りが漂う。その甘い香りに私の鼻腔が擽られる。私を壊れ物を扱うように包み込むアディルさんの腕はとても優しい。もう、私の脳内は何も考えられず、ただ全身の熱が上昇していくだけだ。

「俺は、君を――」

 か細く、切ないような声。出会ってから、アディルさんのこんな声を耳にしたことない――。
 顔を上げたら、それは勘違いだったかのように、アディルさんの表情はいつもの笑みがあって、赤の瞳に囚われてしまう。その瞳が細められたかと思うと、私の前髪がやんわり上げられた。そして、私の視界からアディルさんの顔が消え、代わりに額に温かくて柔らかな感触が伝わる。

 ちゅっ

 何が何だか状況が把握出来ず、ただ私はその場に時間が止まったかのようにに立ち尽くす。

「アディル、そういう事は自室でやってくれ。話が進まん。さっさと座れ」

「王、申し訳ありません――今日はここまで」

 言葉の最後は耳元で甘く囁かれ、甘い香りが遠ざかって行く。

(何、今の――空耳でなければ、あの音の正体は何?)

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