君がいるから
「ジン、お主の言うとおりだ。だが、我々自身も目を疑うようなことが起こったのだ」
お爺さんだけの冷静な声質を、微かに吹く風が運び広げていく。この場に全員が、後に続いていくお爺さんの言葉を待つ。
「我々は、あきなに対し"監視"という名の術をかけていた。お主等も気づいていたことだろう」
「え……」
監視という二文字に、はたと目を丸くし思わず驚きの声が漏れた。隣と向かいに座る2人に視線を送るが、全員の顔つきはお爺さんの放った言葉に肯定いるのものだった。
私はただ、アディルさんやアッシュさんに見張りをさせているのだと思っていた。けれど、それは目に見える方法であっただけ。
「当初から、こうして実際あきなからは"何の力"も感じられない。だが、仮にもこの娘がシュバルツの手下ならば、奴の力によって操作することなど、そう難しいことではない。油断をした我々にいつ牙を向くから分からぬとな」
あぁ……そうか、今はっきりと分かる。何一つ信用もしてもらえてはいなかった。初めて会った時から、この人は私を"敵"として見ていたんだ。
「何らかの行動に出た場合、我々の術が破られる。そうなった時、この娘はやはりシュヴァルツの手下だと確信を持てた。だが、しかし――」
そこで一旦区切ったお爺さんは、次に出す言葉を選ぶかのように目を伏せた。
「老様」
静かに放たれた声の主を見遣ると、いつになく真剣な面持ちでお爺さんの姿を見据えるアディルさんがいる。アディルさんは少し身を乗り出すようにして、テーブルの上に置かれた手が固く握っている。一つ息をついて、お爺さんの唇が開く。
「それはほんの数日前のことだ。あきなにかけた術が……解かれた」
「ほう。ならば、あきなはやはりシュヴァルツの手下だった――という話か」
「――否」
ジンが可笑しいとでも言うように鼻で笑う。けれど、すぐさまお爺さんは左右に頭を振り答え、私へと注がれた視線に小さく身が反応する。
「なら、何なんだ。魔道士の最高位に位置するお前達ギルスともあろうものが、簡単にあきなのようなひ弱な女にでも術を破られる程、腕が鈍ったのか」
「ひ弱なのではない、ジンよ。我々の力をも上回る力の持ち主だったのだ」
「あきなにそれほどまでの力があるとは考えにくいがな」
ジンは椅子からおもむろに腰を上げ、靴音を鳴らして大きな窓の傍へと寄って行った。