君がいるから
「んなっ!?」
赤髪の男が振り向く瞬間、男の背後を素早くすり抜けた。
「こんっの、くそアマ!!」
背後で男の怒鳴り声が響き渡るのを耳にしながらも、後を振り向くことはしない。自分の足が何処へ向かうのかも分からぬまま――この行き先に何があるのかと、考える余裕がない足は前へ前へ進ませる。
「あー! めんどくせーっ!!」
「おい、ギルどうしたよ~? んな所で突っ立て、苛立ってよ」
* * *
足を踏み出す度にギシギシと木床が軋み鳴る。あまり灯りが灯っていない通路は薄暗く、時折ちょっとした段差に躓きそうになっても、立ち止まることはない。
「はぁはぁはぁ」
思った以上に長く続く通路。行く先に、外へ出る場所があるのかどうか不安が出始める。だけど、ここで諦めることなんて出来ない。それに、捕まったらどんな酷い仕打ちをされるのか。
「どこ……出口は……はぁはぁ。何処にあるの」
至る処に目を配り駆け抜けていく中、薄暗さに慣れ始めた目の前には通路沿いに幾多にあった扉とは少し違う、壁に取り付けられた取っ手が。それが、外へ通じる扉だと信じて手を掛け、勢いよく開け放った扉の向こう側へ飛び出す。
「ぅ……うそ」
息苦しさと共に肩が上下に動く中、目の前の光景にその場に立ち尽くす。ヒューッと煩く吹き抜けていく強風で、整いきれていない呼吸がすごくつらく苦しい。そして、強風に体が持っていかれそうになり、よろめく体を足で踏ん張る。目の前のそこにはただ――夜の闇が広がっているだけ。
木板を張り詰めた広く平らな床。きっと船で言う甲板という場所なんだと思う。気が抜けぼんやりしながらも、強風に耐えながら一歩一歩前へ進み、ひんやりと冷たく感じる鉄の手すりに触れる。
「もう……あんな遠くに……」
既に視線の先には、遠方に小さく見える灯りが点ったシャルネイ城の姿。それも次第に、暗闇に溶け消えてゆくようで――。
空をふと見上げれば、いつも光り輝く月はいつの間にか厚い雲が覆い隠し、そして見下ろせばサァーっと葉が揺れ奏でる音がして、きっと木々が生い茂っているんだと察する。夜の闇に包まれたせいで、何処までも続く闇の穴のようだ。
途端に、足が急に震え出し膝がガクンと折れてその場に座り込む。