君がいるから


「ア、ディルさん……? アディル、さん……」

 問いかけても――もう応えてはくれない。

(う……そだよ、こんな、の。夢……そう夢なんだもん――こんなこと、ある筈ない)

「ねぇ、そうでしょ、アディルさん? 冗談だよって、起きて笑うんでしょ?」

 何処からともなく風が吹き、赤く染まった金の髪が揺れる。どんなに待っても――笑いかけてくれることも、冗談だよって声を掛けてくれることはない。

「アディルさん!! 起きて……いつもみたいにからかって、冗談だって笑って下さい!! アディルさん!!」

 滲む視界で彼の名を叫び、駆け寄ろうと身を乗り出した刹那――背後に気配を感じ、時が止まる感覚に再び陥った途端。耳元で何かが掠め触れた。

 ――そろそろ始まるよ――

 ――さぁ、一緒に血の雨を降らす時が来たんだ――

 ぽたりぽたり――頬に当たる感触は生暖かい。震える指先で触れ拭ったのを、恐る恐る見遣る。

 ――君が来てくれるのを、楽しみにしてたんだ――

 荒々しく――先ほどよりも過剰に酸素を吸い込む速度についていけず、苦しさが増していく。

 ――これは夢なんかじゃない――

 ぞくりとした瞬間、体全部が反応して目を見開く。目だけを下へ向け確かめ見る――それは人の指先。

 ――だから――

 ――急がないと、み~んな死んじゃうよ?――

 氷のように冷たい指先が顎に触れ、形に沿って滑りなぞられる――。

(声が、出な……。体が動、かない)

 ――さぁ――

(い……いや。やめて)

 ――君もきっと楽しんでくれると思うなぁ――

(……私は、そんなこと)

 ――早く……僕と一緒に遊ぼう――

 頬を生暖かくてザラリと肌を這うように、ねっとりと触れ――。

「ぃや……やめてーーーーっ!!」


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