君がいるから
* * *
木々の中をしばらく歩み進めていくと、ある一つの建物が姿を現した。目前を歩いていた男は、歩みを止まることなく進んで行く。
私はというと、徐々に存在感を現していく建物に圧倒され、いつの間にか歩みを止めて立ち尽くしてしまった。
「これが本物のお城……」
まるでおとぎ話に出てくるような――いつかはと一度は夢に見ていた、幼い頃よく開き読んだ絵本に描かれたお城を思い出す。呟いた小さな私の声に、腕を掴んでいた男の人が反応し声をかけてきた。
「城を見るのは初めてなんですか?」
「……え?」
頭上から降ってきた声と言葉に、男の人の顔をふいに見上げる。笑みを浮かべ見下ろしてくる表情に私は視線を泳がす。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ……お城を見るのは、初め……てです」
優しい声ではあるけれど、答えなければこの人もあの人のように冷たい表情になるんじゃないかと感じ、途切れ途切れに言葉を何とか返す。
「そんなに怯えることはありませんよ」
「……私……わた、し……は」
震えに襲われ、自身の体を自分の両手で抱きしめる――。
「大丈夫」
たった一言だけ、男の人は呟く。そっと私の背に温もりが触れ、上下にゆるりとした動作を感じる。それが、彼の手が私の背を擦ってくれているんだって気づく。とてもとても優しい温かさ――。
背中が次第に温かくなって、さっきまでの恐怖心が少しずつ和らいでいく。
「何をしている。止まるな、さっさと歩け」
折角、和らいだ気持ちがまたあの声によって、一瞬にして緊張が舞い戻った。
「申し訳ありません、長。さっ行きましょう、もう少しで着きますから」
「あっありがとうございます……」
今度は紅の瞳を見上げ、視線をちゃんと合わせてお礼を言葉にする。
母さんが『ありがとう』や『ごめんなさい』は、相手の顔と目を見てちゃんと言いなさいって、小さい頃から言われ続けていたからだ。
私の言葉に、にっこりと微笑んで体を支えてくれて、私の歩幅に合わせ歩いてくれる。
(この人は………きっと、大丈夫)
明確な確信はないけれど、何故かそう思えた――。
(これから私は……どうなってしまうんだろう。いつ日本に……家へ帰れるんだろう)
そのことばかりが頭の中でめぐっていた。