君がいるから
「離して!! 戻らなきゃいけないのっ」
胸の辺りを力強い腕に行く手を阻まれるも、それを振りきろうとして必死に突き進もうとするあきな。それを平然と眺め、あきなを腕で抑えるギルの姿がある。
「お願いだから……シャルネイの人達が、アディルさんが!!」
「おい」
「早く知らせなきゃっ! でないと間に合わないっ」
「おいっ!!」
あきなの体を強引に自分に向き合わせ、息を弾ませているあきなの潤んだ瞳と出合い――彼女の唇がおもむろに開かれる。
「おね……がい」
震える声――ギルの胸辺りの衣服を力なく握る自分より小さな手。
「シャルネイ……に連れてって……下さい」
「…………」
「みんなに……アディルさんに、伝え――」
言い終える前に、あきなは力を失い床に引き寄せられ体が傾く。しかし、あきなの体が床に強打するのを、ギルが咄嗟に腕で抱きとめ防いだ。
「おいっ、しっかりしろ!」
顔を覗き見たギルがあきなにそう問いかけ、うっすら開かれた瞼からは一筋に流れる涙――そして微かな声がギルの耳に届く。
「……お願い、します。私をシャルネイに……」
「お前……」
「お願いします……。アディルさん達に知らせたいんです」
支えているギルの腕に、固く瞼を閉じたあきなの掌が触れ固く握られる。
「私が知らせないと……シャルネイの人達が、みんな」
「お前が何を思って言ってるのかしらねーが、俺らには何の関係もないことだ。シャルネイに戻るなんざ、何の得にもならねー。第一、お前がただ戻りたいだけだろ」
「違うっ私は!!」
あきなは顔を上げた瞬間、ギルが目にしたのは。先ほどの潤んだ瞳ではない――強い眼差しで自分を見据える茶がかった黒の瞳。ほんの一瞬、その瞳に吸い込まれそうになるギル。
「皆に伝えなきゃならない事があるんです。現実になるのかどうか私にも分からない……でも、伝えなきゃいけない。お願いします――あなた達の言うこと何でも聞きますから!」
「…………」
「私は何処にも逃げません……だから」
「その言葉――二言はねぇな?」
ギルの鋭い瞳の力にあきなは一瞬怯みはしたが、口端をキュッと結び決意をした眼差しで、目前の相手をまっすぐ見据え――。
「約束します」
2人の間だけ時が止まったかのように、瞬きもせず双方の瞳は互いを見据え続けた――。