君がいるから
「そこにいるか、ネゼク」
ギルが静かに口にした名の人物が、群がる男達を掻き分け姿を現す。
「あいよ、頭。ここにいるぜぇ」
頭に巻く白模様が施された黒布を頭に巻きつけ、きりっとした目元に面長でワイルドな顔立ち。口端をにやり上げた人物はとても愉快そうな表情をしている――ネゼクと呼ばれた男。
「シャルネイの城に戻る」
「あ~いよ」
「それから、お前に舵を任せる」
「了解。ギル船長殿」
親指を立て見せ、群がる男達へと振り返った。
「野郎ども!!」
腹から出したネゼクの声は、瞼が半分下りていた男達の眠気を吹き飛ばすには十分すぎるほどの大きさ。
「出航準備だ!! 寝ている奴らも叩き起こせ!!」
そして、ネゼクの言葉に男達はうぉーーっと雄叫びを上げ、それぞれ蜘蛛の子を散らしたように、その場から走り去って行く。ネゼクもまた、この部屋から立ち去ろうとした時――。
「ネゼク。船の修理にはどのくらい時間が掛かる」
「まぁ、早くて2時間ってとこだな。プロペラが破損しちまってるからよ」
「1時間で直せ。修理が終わり次第、すぐに船を飛ばす」
「承知した。じゃあなっ」
言葉を交わし、ネゼクは靴音を響かせながら走り去る。
「……あの」
下方からの声にギルは見下ろし、あきなが少し困ったように眉を下げた表情でギルを見上げていた。
「んだよ、何か文句でもあるのかよ」
「文句と……いうか」
「礼ならいらねーぞ。まぁ、どうしてもって言うんなら――」
「いえっそうじゃなくて」
「んだよっ。はっきりしねー女だな」
「ちょっと苦しい……んです……」
「あ?」
そう、おずおずと言われた事に、ギルは状況を今一度確認。自分の腕の中には細くて小さな体、ふんわりと鼻腔へと届く香り。腹の辺りに柔らかな感触。
「どわっ!!」
思わずあきなの肩を押し、飛び上がるようにして後方へ後ずさるギル。その一方であきなは、突き飛ばされた勢いに負けて体が傾き、床に引き寄せられようとしていた。
しかし、体に衝撃がくると覚悟していたあきなは、一向に襲ってはこない衝撃に気づく。背中に感じる気配、肩をつかまれる感覚――あきなはそっと顔だけを振り向かせた。