君がいるから


 首筋、腕、手の甲、蟀谷(こめかみ)。血管が異様なほどに皮膚に浮き出て、とても人間のものではないと頭を振る。

「ジ……ン?」

 食いしばる歯から、ギリギリッと音が聞こえてくるよう。つーっと静かに口端から鮮血が、一筋に流れ落ちていくのを目にする。

「っジン!? ジン!!」

 名を全身全霊で叫びながら、体が勝手にジンの元へと急ぎ駆ける。

「ジン!! ジン!! ねぇ、ジン!! 一体どうしちゃったの!?」

 空気をたくさん吸い込んで名を叫ぶ。それ程、離れていない距離の筈なのに、ジンの耳元には届いてはいないのか、更に口と腕――剣を握る手に力を込め始めてしまう。異様なジンの様子に、もう耐えきれなくなってくる。

「お願いだから!! それ以上は止めて!!!」

「ぅぅ"……お"あ"あ"あ"ーーーーっ!!」

 呻く低い声の後――苦しみにも似た哮(たけ)るような声を天へと向け放つ。そうして、さっきまでのジンとはまるで違う風貌へと変わってしまったのを目にして、体が動かなくなってしまう。
 人間とは思えない。恐怖――これ以上、彼に近づいてはいけない。頭の中で警告音のように幾度となく繰り返され、無意識に指輪に触れる。すると、ゆらりと立ち上がる影が視界の隅に入り、その方向へ視線を移す。

「あーぁ、もう。服が汚れちゃったじゃないか。どうしてくれんのさ、これ」

「っ!!」

 銀の髪で隠されている男の表情は見えてこず、先ほどまで嘲笑っていた声質とはまったく異なっていることに、背筋が震える。そして――ゆっくりと面が上げられていく。

「これかぁ。あの人が待ち望んでいたのは」

 にやっ――一度口端を上げた直後、私の視界に入ってきたのは先ほどと比べものにならないくらいの、激しい感情を纏った男の表情。

「さぁ!! もっともっとだ!! 俺を憎めーーーーっ」

「ぐっぅあ"あ"あ"ーーーーっ!!」

 銀髪の男が挑発した声と共に、双方は地を強く蹴り上げ、狙い定めた相手へと飛び掛った。私には、何が起こっているのか分からない一瞬の出来事。ただ、各処で竜巻のような爆風が起きていくのを、私は追っていくだけだ――。


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