君がいるから
アッシュの目元がピクリと動き、眉間に皺を寄せ男に向かい口を開く。
「何が……可笑しい……」
「いや、フッ」
「何が可笑しい!!」
アッシュが声を荒げ言い放つも、黒尽くめの男はまるでアッシュを挑発するかのように、喉を震わせる。
「何が可笑しいと聞いているんだ!!」
「――何故、そんなに声を荒げる」
黒尽くめの男は己のペースでアッシュへと問い掛け、小首を傾げながら目元を細める男の仕草は、アッシュの感情を更に逆撫でる。
「あなたは……この惨状を見ても、何も思わないのか!?」
「惨状?」
「周りをよく見ろ! 家屋が無惨にも壊され罪もない者達がこのような状態になっているのを見て、あなたはなんとも思わないのかっ!!」
アッシュは言葉にしながら、瓦礫の下敷きになった者――大粒の雨に濡れ微動だにしない者達へと目を遣り、最後に歯を食いしばり再び口を開く。
「あなたはこの街が……国が滅びても構わないと言うのかっ」
「ふっ、お前はあの頃から変わっていないな」
「っ!」
「この国――いや、このガディスは"再生"させなければならない」
「"再生"だ……と?」
黒尽くめの男は、細めていた目をそっと閉じる。
「再生――そう、この世界を生まれ変わらせねばならない」
「一体……あなたは何を言っているんだ」
「お前にはまだ理解し難いことかもしれぬが、その為には多少の犠牲も仕方があるまい」
仕方がない――男の言葉に剣を持つ手が震え出す。
「怒りに震える程のことか?」
閉じられた瞼のままでも、アッシュの姿が見えてるかのように言い放つ男。
「やはり違う。そんな人ではなかった筈――あなたはいつも」
「俺はお前が思うような人間ではないさ。人は誰しも善と悪の心を持つ――お前はそれを身を持って知っている筈だろう、アッシュ」
「俺は」
「アッシュ、多勢の騎士を統率するお前のその腕前――今、俺に見せてもらおうか」
静かに開かれる緑と白色の瞳。そして、外衣に隠れた腰元にある剣のグリップに左手を添え握った。アッシュは相手をグッと睨みつけるが、どこか戸惑いを帯びた瞳。未だに地に強く叩きつくように落ちてくる大きな液体の粒が、2人を濡らし続けてゆく。