君がいるから
* * *
「アディル殿ー!!」
紅茶に似ているミファと呼ばれている、温かい飲み物を調理場で機嫌良く淹れている最中に、それを遮った野太い叫び声が響いた。
そして次に扉が壊れるんじゃないかと思うくらいに、勢いよく開け入ってくる部下。
「もう少し静かに入ってこれないのか……。騒々しい」
さっきまでの、あきなに対する口調とはまったく違うアディル。
「そんな悠長にミファなんて淹れている場合じゃありません!!」
アディルの悠長な態度に、滴り落ちてくる汗を拭きもせずに焦りながら言う男。
「すぐに龍の間へお急ぎ下さい!」
「龍の間? アッシュが先に行っているだろ、俺はもう少ししたら行くよ。これを届けてからね」
慌てている部下に対して未だ冷静に言うアディルはミファを、ティーカップに注いでいる。そのミファの甘く香る匂いに微笑む。
しかし、穏やかでゆったりとしたアディルとは真逆の男は、切羽詰まったように口を開く。
「お急ぎください! 侵入者のようで、龍の間へ向かっているとのことなんですよ!」
「侵入者? で? 今度はどんな奴?」
紅茶を淹れ終わると、傍らに置いてあるお菓子を器に入れながら問う。
「女1人のようです!」
「へぇ~女か……。それは俺がいなくとも、お前達だけで何とか出来るだろ」
「それはそうですが……それから情報によりますと、1人の騎士が客室の前でたまたま出て来た所を目撃。その場で立ち尽くしていた女は、何やら見慣れぬ服装をしていた為、声を掛けた所、突然叫びその場から駆け出したそうです」
「へぇ、見慣れぬ服装で、客室―――」
言いかけ、ふと動きを止めたアディル。
(女? 客室から―――見慣れない服? まさか!)
部下が口にした言葉を繰り返し、さっきまで冷静だった態度とは違い、今度は焦りをむき出しにして調理場から飛び出した――。
アディルが調理場を慌てて飛び出した同時刻、ある部屋では――。
自室の扉の外から、幾つもの騒がしく走る足音に加え叫び声が聞こえてくる。
「急に騒がしくなったな」
全体的に細めな体の線。その体の線が分かる黒いワイシャツ、黒の重々しく感じる裾が長めのジャケットの装飾は金などはあるが、派手さを感じさせないシンプルさ。それに合わせたパンツは足の線と長さが際立たせている。
男は耳を澄ませ聞き入ると――。
『龍の間に向かっているぞ!』っという言葉が聞こえ、途端に表情が変わる。
「まさか! 奴らか!?」
所定位置にある剣を手に取り、すぐさま部屋から男もまた飛び出して行った。