君がいるから



   * * *


「あの娘は何者だ」

 先ほどの騒ぎから一変し、静けさが漂う『龍の間』と呼ばれる一室に、1人の老人がアディルへ問う声が響き渡る。老人達と少し距離を取り椅子に座っているアディルが口を開く。

「――それが」

 アディルは頬を指で掻き、自分でも分からないことを何と言葉にしていいのか考えている間に。

「アディルの女か」

 大きな窓の際に立ち、外に目をやりながら、アディルに問う漆黒の髪の持ち主が言葉を挟む。

「違いますよ。王」

 視線を窓に向け、即答で笑みを交えながら答える。その横で、あきなに冷たい視線を送り続けた白髪のアッシュは、目を閉じて腕を組み座っている。

「――しかし」

 中央席に座っている老人が口を開く。その声音に笑みがあったアディルは真顔へと変わり、目を閉じていたアッシュはうっすらと開き、王と呼ばれた男は老人に目を遣る。

「あの娘は、龍の間へ入ることが出来た」

 そこにいた全員が思い返し、ざわめき始める。

「そういえば……あきな」

「あの女……」

 今しがたまで、声を発することがなかったアッシュでさえ驚きを含んだ声音。

「ここは龍の間だ。一般の者は何をしても"入れまい"」

 老人の言葉を聞いているだけだった王は、窓から離れ扉の方へ歩き出す。その様子を見ていた老人は、扉の握りに手をかけようとした王に向かって言う。

「ジン、まだ話は終わってなかろう」

 扉を引き開け、視線だけを老人へ投げる。

「あの女が何者だろうが、敵ならば切り捨てるだけだ」

 そう言い放った後、龍の間を後にした。
 ――その瞬間、数人からため息が漏れ、各々の口が開き始める。ざわつく空間の中、老人は目を細めて扉を見つめていたが、2人の人物へと移す。

「アッシュ、アディル」

 小さな声だが、どこか緊張感のある声に2人は老人をまっすぐに見遣った。

「あの娘のことはお前達に任せる。だが少しでも怪しい行動があるならば――」

 老人は途中で言葉を切り目を細める。そして、何も言わず2人は静かに立ち上がり、一礼をし龍の間を後にしたのだった。


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