君がいるから
* * *
ある国の城の玉座――。
薄暗く蝋燭が何本も灯る中、靴音が乾いた空間に響き渡る。黒い外衣を揺らしながら深紅の絨毯の上を颯爽と歩く一人の影。右頬には小さいながらもくっきりと残された十字傷。
玉座に座る黒髭を蓄えたこの国の主であろう者の前に辿り着き、外衣を纏った者は数段ある階段の上にいる玉座の男に向い視線を上げた。
「一人で乗り込んでくるとは、我が国も舐められたものだ」
重々しい声音。姿は見えぬが、周りを囲まれている気配。恐らくは、数十人。外衣を纏った男は、気配に臆することなくその声に口を開いた。
「我々と手を組まぬか」
思ってもいなかっただろう言葉に、玉座に座る男は目を細め下方にいる者を見据える。
「笑わせるな、小僧」
「冗談を言いに、わざわざ足を運んだわけではない」
「我々がおいそれと、貴様等に手を貸すと思うか?」
外衣を纏った者は、途端口端を上げる。
「この世界の頂に立ちたいとは思わぬか?」
この言葉に玉座の男の眉間が反応を示す。そのことを見逃さず、言葉を続ける。
「我々と手を組めば、この世界は思うが侭だ」
「貴様等はそれを狙っているでのあろう。何故、それを我に話を持ちかける」
「我々の積年の願いを叶える為には貴方様の力が必要不可欠」
互いに譲らぬ視線。しかし、先に目を瞑ったのは玉座の男だ。
「貴様は何故(なにゆえ)あの男に仕える」
外衣を纏った者は、その問いに一瞬瞳を揺らし、おもむろに口を開く――。
「あの方が私の全て」
「ほう。全てか」
「あの方がいるから私がいる。あの方の為ならこの命――捨てる覚悟」
ぶれることのない黒の瞳、玉座の男の口端が不気味に上がる。
「気に入った。お主、我の下につかぬか?」
「…………」
「はっはっは、言ってみただけぞ。その話、じっくりと聞かせてもらおうか」
玉座の男の言葉に、外衣を纏った男は軽く頭を下げる。
「その前に――お主の名を聞くとしよう」
面をゆっくりと上げ、表情無く口が開かれる。
「ゾディック帝国、黒神第一部隊隊長ラスナア」
これから先、この世界で何が起ころうとしているのか。その行方は誰にも分からぬこと。
だが、確かなのは。"破滅の道"へと誘(いざな)われゆく――。
Ⅹ.芽生えた小さな想い 完