君がいるから
(これは――どういう状況?)
まるで宝石のような紅玉の瞳が、まっすぐに私を見下ろしてる。逸らそうにも、この状況がうまく飲み込めない。
「ゆっくり……あきなのこの綺麗な髪を撫でるのは何日ぶりだろう」
「アディルさん?」
長い指で私の茶がかかった髪の毛先をくるくると自身の指先に巻き付け弄ぶ。それから、アディルさんの口元に持っていかれ、そっと口付ける行為は自然だと思わせるくらいで。
「あきな、聞いてくれる?」
そっと間近で囁かられる甘い声。真剣な眼差しへと変わる瞳。
「俺は後悔はしてないよ」
「……何を、ですか?」
「君と唇を重ねたこと」
あの時の記憶と感触が蘇って、どこかに行ってしまった感情が再び戻ってきてしまう。
「初めて会った時――あきなは怯えていたよね。知らない世界に来て、それから自分がどうなってしまうのかと」
「……はい」
「俺はその時、思ったんだ」
アディルさんの掌がついに頬に触れ滑っていく。そして、互いの顔の距離が一つ近づく。
「君を守りたいって漠然と思った。俺が守らなければ君は不安で不安で、どうしようもなくなってしまう。ただ、その時はその思いだけだった」
(アディルさんの言う通り、私は不安で怖くてしかたなかった)
「あきながあいつら――盗賊らに一度攫われたと聞かされた時。王があきなを抱えて戻ってきた時。それからあきなが助かったと分かっていても、もう目を覚まさないんじゃないかと、あの時俺は怖さしか感じなかった」
「アディル、さ、ん」
「この唇が――君のこの声がもうこの名を呼んでくれないんじゃないかとさえ」
頬から唇へと移された親指に、唇の形をなぞりあげられた瞬間――体がびくりと反応してしまう。
「二度目にあいつらに攫われた時――あきなの手を取れなかったことを後悔と不安に襲われた」
「私も……そうでした」
「…………」
アディルさんの首がほんの少し傾くと同時に、長い金の髪がさらさらと私の上に落ちてくる。
「ギル達の船の中で、もうアディルさんに会えないんじゃないかって……。すごく、すごく怖くて、不安でした」
「あきな」
私の名前を呼ぶ甘い声。前髪をさらりと指先で触れられて、互いの瞳の視線が混じり合う。静けさが漂う空間に互いの息遣いだけが聞こえる。自分のこの高鳴る鼓動も聞こえてしまうんじゃないかとさえ思ってしまう――。