君がいるから
* * *
カツン カツン
足音が乾いた空間に響き渡る。薄暗い通路の窓から月の光が射し込み、歩く人物の影を床に映し出す――。
「アディル」
あきなの部屋を後にしてからトレーを厨房へ置きに行き、再び薄暗い通路を数分歩いた頃、壁に凭れながら自分よりも低い声の主が呼び止めた。
「長(おさ)何してるんですか? こんな所で」
「あの女はどうした」
アディルの問いに答えず、無機質な声音で言葉を口にする。
「あの女――って長。あきなっていう名前がちゃんと――」
「そんなことは、俺にはどうでもいい」
「ふぅ、失礼致しました」
軽く頭を下げて、再びアッシュの顔を見遣る。アッシュはただ、無言のまま鋭い眼差しをアディルに向けているだけだ。息を一つ吐き、肩を下げるアディルが口を開く。
「あきなのことですが」
「アディル」
質問に答えようとしたが遮られてしまい、アディルは『はい?』っと首を傾げる。
「普通に話せ。お前のその口調は聞くに堪えん」
「アッシュ、それはないだろ?」
「お前がその言い方になってる時は、王達の前とよからぬことに楽しんでる時ぐらいだ」
アッシュは壁から背を離し、真正面に顔を合わせたアディルは口端を少し上げた。
「はい、はい」
左手の人差し指で、頬を軽く撫でながら続きを口にする。
「それで、あきなのことでしょ? 気になるのは」
「お前のことだ。女のことなら何でも聞き出せているんだろう」
「年齢とあとスリーサイズくらいは、聞かなくても分かってたけどな」
「アディル」
ちょっとした冗談を言ったつもりなのに、彼には冗談が通じなかったらしく、冷たい視線を送られてしまう。
『相変わらず、冗談通じない奴』っと、窓から見える月に腕を組んで視線を移す。
「あきなは異世界から来たらしいよ」
「異世界……だと?」
「そう異世界。ここではない星から来た。彼女はそう言っていた」
「馬鹿馬鹿しい。そんな話があるわけが」
「――ないって俺も最初はそう思った。けどさ」
言葉を途中で区切り、先ほどまで微笑んでいた顔とは違い、真剣な眼差しを向けてきたアディルの続く言葉を待つアッシュもまた表情を変えた――。