君がいるから
ほんの数分後、これもまた様々な模様が彫り削られ、豪華な装飾が施された扉に惚けて息をもらす。私をよそに、騎士さんが数回拳で扉を叩き、声を上げ訪問を知らせる。すると、扉は独りでに重々しくきしみながら開き、音が止むと同時に騎士さんの掌が中へと促す。
「どうぞ中へ。このまま真っ直ぐにお進み下さい。自分はこちらで待機しておりますから」
「え? 騎士さんは一緒には行かないんですか?」
「はい。自分はここより先には行くことは出来ません。王が待っておいでです、自分の事は気にせず」
騎士さんが最後まで共に行ってくれるのかと思っていたのに、少しだけ心細くなったけれど、微笑を浮かべて1つ頷く。それから、よしっと心を決めて一歩踏み出した――刹那、名を呼ばれ振り返ると、笑みを浮かべた騎士さんが口を開いた。
「シャルネイ国第四騎士団シダイです。役割は主に鷹や梟を操り伝達をしております」
突然の自己紹介に目を丸くして、騎士さんを見つめる。騎士――シダイさんは更に笑みを深め、再び口を開く。
「急にこのような事を申し上げて、驚かせてしまい申し訳ありません」
「いえ、何も謝られることないです」
「この城には騎士が大勢います。名前を憶えて頂きたいと思い、ここは1つ皆を差し置いて」
はにかみながら『大分、申し遅れましたが』っと付け足すシダイさん。私もつられて頬を緩ませ、名を教えてくれたことにお礼を口にする。
「これは皆には内緒です。皆より一番最初にあきな様に名乗ったのは、恐らく自分だと思います。そうなると、皆抜け駆けしたと煩いので」
「ふふっ。そんな、私なんかに名前を教えてくれるだけで、大袈裟です」
「なんか、ではないですよ。皆、あきな様と少しでも話たがっているんです。これは紛れもなく事実です」
シダイさんの柔らかな物腰に、心から笑うことが出来た気がした。シダイさんは呼び止めてしまった事を詫び、頭を軽く下げて奥へ向かうよう言う。
いつの間にか胸の中にあった緊張感が消えていて、それはきっと、シダイさんが私を気遣ってしてくれた行為なんだと気づく。今度こそ奥へと続く、長い長い両端に金の線が入った赤い絨毯の上を一歩一歩進む。その背後で、扉が再び音を立て、そうして閉じられた。
足を踏み出す度に、絨毯に刻まれていくくぐもった靴音は私だけのもの。両サイドには窓もないのにも関わらず、どこからともなく流れ込んでくる冷気。ただ赤い絨毯だけが敷かれ、一定の間隔で壁に取り付けられた燭台に点された灯。
そして、目の前に現れ始めた、またも大きな扉。行き着く前に開かれた扉へ向かい、そうして止まることなく通り抜けた。