君がいるから


 扉を通り抜けた先に広がる空間。自身を纏う空気は冷たく、視線を周りへ配らせる。壁ではなく天井に備えられたステンドグラスが、自然な光によって色をちりばめ、今まで見た豪華な家具は不用意に置かれておらず、とても簡素的でどこか寂しさを感じさせる空間。自身の靴音が響き渡り進む中、その奧――真っ白な布の真ん中にある膨らみ、ベットの両脇には見知った影が二つ。何故だか、それを目にして喉がこくりと一つ動く。
 傍らにいる一つの見慣れた背中が動いたと同時に、こちらへと振り返った。そうして、私は足を止める。

「呼び出して悪かったな」

「ううん……」

 そこで、互いに口を閉ざしてしまい、しばしの沈黙が流れる。

「おや、あきな」

 柔らかな声音の持ち主が私の名を呼ぶ。その主――シェヌお爺さんの手には己とそう変わらないだろう、私よりも長い時を過ごしてきた証である無数の皺、細く白い肌の腕を持ち、手首に指をあてがっていた。そうして、確認を終えたようでそっとその手を下ろし真っ白な掛布の中へ。

「異常はないようじゃ。長様、よく頑張られましたな」

 こほほほっと笑うシェヌお爺さん。お爺さんの視線を辿り見ると、うっすらと瞼を開き力無く一度頷くギルスの長さんの姿。
 

「ところで、あきな。お主は何故この場へ」

 ふと、投げかえられた問いに、はたっとシェヌお爺さんの方へ目を戻す。

「私は、えっと……」

「俺が呼んだ」

 私の隣に立つ人物――ジンがそう告げる。ジンの言葉にシェヌお爺さんは、何かを悟ったように細い目元を更に細め、そのまま口を閉ざしてしまう。私達を包む空気は張り詰めたかのように感じ、握りしめた片拳をもう片方で包んだ。
 そして、間もなくしてそんな空気を断ち切ったのは、痛みに耐えるようなか細い声音。

「……ジン」

「ギルス、目が覚めたのか」

「……あき……な」

「はい……ここにいます」

 真っ白なシーツの上に横たわり、掛布の上に置かれた骨張った指を絡ませていた両の手を離し、力なく片側の腕を上げ私を呼ぶ。あまりにも当初出会った時とは違う、ギルスの長さんの姿に少し戸惑う。元々あまり肉付きのない頬は更に痩け、皺が目立つ手の甲は骨ばり、声の力強さは当初の時よりもなく、顔色も悪くまるで別人。
 ふいに、その場に固まったままの私の背にジンの手が添えられ、誘われた場へと立った。


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