君がいるから
顔を歪めるレイは私から視線をそらして、呟くように言葉にする。レイの言葉の意味がいまいち飲み込めない。何か、彼を傷つけることでもしたのかもしれない――頭を巡らせ原因を探る。内に、腕の圧迫感が消えて冷たくなった指先に向かって、温かいものが流れてくる感覚に気づく。その方を見遣ろうとした途端、今度は両頬を包まれたと思えば、自分の意思とは関係なく上を向かされた。
「本当に……むかつく」
掠れた声が発せられた――視界に碧い瞳しか映らなくなる。唇にあたる生温かい吐息。互いの鼻先が擽るように掠めていく。はっと我に返り、咄嗟に顔を背ける。けれど、がっしり両頬を固められていてうまく動かせない。レイの両手首を掴んで、動く度に肌が突っ張って痛みを伴っても、無理矢理下方へと向かせる。
「止めてっ。私が何をしたのか分からないけど、でも、こんな事」
「たかが口づけ一つ。減るもんじゃないし」
たかが――減るもんじゃない――レイの言葉に動きを止めて、視線を上げ碧い瞳を強く見据える。
「レイにとっては、たかがなものかもしれない。でも私にとっては大事だから」
「へぇ……大事ね」
「怒りに任せて、レイが私の想いを無視するのなら――すればいい。私はもう……抵抗しないから」
「へぇ」
「その代わり、私はレイを軽蔑する」
両手に力を一度込めて、レイの腕から手を下方へ落とす。
「そう言えば、俺が止めるとでも?」
ぐっと頬にある両手に力が入るのが分かる。また近づく互いの唇。ぎゅっと瞼を咄嗟に閉じて、視界が遮断された。目を閉じていても分かるのは、鼻翼同士が触れて肩が跳ねる。
「あきな」
私の名前を呼ぶレイの声。
「目、開いて」
言葉を発する度に息が当たるから、見なくてもその距離は分かってしまう。だからこそ、今は目を開くことはしたくない。更に閉じる瞼に力を込めた。
「あきな……」
先ほどとは違ってとても弱々しい声音。掠れた声で何度も私の名前を呼ぶレイ。そっと固く閉ざした瞼を開いていく先で、真っ先に映り込んだのは――。