君がいるから
「あの龍を見てたんです。不思議な龍ですよね。私がイラストで見たり想像する龍とは異なっていますけど、この世界の龍は背に羽が生えてるんですね」
アディルさんは私が指し示す方へ視線を向け、また不思議そうな顔をする。
「あきな」
「はい?」
天井を仰いだまま、先程よりも低い声が耳に届き顔の位置を戻す。横方を見遣ると、私と同じように上を仰ぎ見るアディルさんの横顔が目に映る。その横顔は、あの柔らかな表情が印象的なアディルさんではなかった。
「アディ……ルさ……ん? 私、何か失礼なことでも言ってしまいましたか……?」
そう問いかけても、答えが返ってくることはなく、ただ口を閉ざしているアディルさんを見て、胸の中に小さな不安が生まれた。
少しずつ時間が進んでいく内に、アディルさんの表情は暗く、そして、悲し気なものへと変わっていく――。
「あきなは……あれが見えるのか」
ようやく口を開いたアディルさんの言葉に、理解がすぐには出来ず首を傾げてしまう。
「はい、見えます。え? だって龍の絵……」
私がそこまで口にすると、アディルさんはゆっくり顎を下げ、今度は私の方へ赤い瞳を向ける。
(どうして……そんな泣きそうな顔をしてるんですか)
向けられたアディルさんの表情は、悲しげに顔を歪めていた。その表情を目にした途端、胸の位置で両手をグッと握り、その理由を聞こうと一歩前へ踏み出そうとした時。
「そろそろ行こうか。ここはまた今度にしよう。案内する所まだまだあるからね」
あの優しく柔らかな笑みがすっと戻り、アディルさんが私の頭の上に掌を乗せる。すぐにでも出たいと言いたそうな雰囲気で、私の腕を取って早歩きで扉の方へ歩み、先に私を歩廊へと出させた。
そして、私の背後から続いて出て来たアディルさんは、扉を閉める間際にそっと天井を見遣ったのを私は気づくことはなかった――。
私はまだ何も知らなかった――まだ何も――。