君がいるから
カップにほんわりと湯気がたつお茶が注がれ、ほのかに緑茶のような香りが漂ってくる。そして、隣にいるアディルさんへは別のポットを手に取り注ぐジョアンさんが口を開く。
「先程は下の者が失礼をしたそうで、大変申し訳ありませんでした」
ポットをワゴンに置いて、深々に頭を下げ謝罪の言葉を告げるジョアンさんの行動に慌てて頭と両手を振った。
「そんなっ。謝られるようなことされてませんから」
(たしかに飛び掛られそうにはなったけど……止めに入ってくれた人がいたから)
中々、顔を上げてくれないジョアンさんに困ったように眉尻を下げたら――。
「あきなが困ってますよ」
アディルさんがお茶を飲みながら声をかけ、ジョアンさんはゆっくり顔を上げてくれた。
「アディル様にはいつもご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありません」
「俺は何も。逆にジョアンさんにお世話になりっぱなし」
腕を組み、にっこりと微笑むアディルさんにジョアンさんも微笑み返す。
「お下げ致します」
ジョアンさんの他に若い女性達が2人現れ、お皿を片付け始める。
「あきな様。昨夜は大変だったそうで……」
折角注いでくれたお茶が冷める前にと口に含んでいたら、私に視線を向けていたジョアンさんに気づく。
「……大変というか私は――」
「アディルー!!」
先程耳にした甲高い声が私の言葉を遮り、またもや勢いよくアディルさんの首に腕を回す光景が目に映る。
「仕事は終った?」
「シェリーはずっとアディルの傍にいたいから、仕事なんて他の奴がやればいいのっ」
アディルさんの頬に自身の頬をすりつけ、甘え出す兎さん。どこからどう見ても、主人に甘える小動物にしか私には見えない。アディルさんはその行為に嫌がる素振りもなく、ピンクの髪を優しく微笑み撫でてあげている姿にほんの少しだけ――胸がちくりと小さく痛みを感じた。
その光景を見据え続けていたら、女の子が私の視線に気づき、眉間に皺を寄せ片目を瞑りベーっと舌を出し、再びアディルさんに甘える。
(あぁ。やっぱり……この子はアディルさんのことを)
「シェリー! またお前は仕事をほっぽり出して!!」
「げっ! おばちゃん!?」
ジョアンさんの事は目に入ってなかったらしく、突然の怒声に焦った表情の兎……じゃなくてシェリーちゃんが肩を震わせ、アディルさんの影に身を隠すようにしてちょこっとだけ顔を覗かせた。