君がいるから
「副長と呼びなさいと何回言ったら分かるんだい、お前は! シェリーを連れていっておくれ!」
片付けをしている1人の女性に指示を出すと、すぐさま返事をして細い腕の何処にそんな力が――と思わせる程の華奢な女性がアディルさんから力強く引き剥がして、シェリーちゃんの首ねっこを掴み上げた。
「アディルー!! 助けてー!」
「シェリー。しっかり仕事しておいで」
手足をバタつかせて助けを求めるものの、彼女に対して微笑み手を振っているアディルさん。シェリーちゃんは届かぬ彼に縋るようにして引きずられて連行されてしまった。
嵐――というよりも、一瞬だけ吹く突風みたいな子だなと思う。それにまたって言われたって事は――毎回同じことを繰り返しているということなんだろうか。
「ジョアンさん。ここの片付けをお願いしていいですか?」
アディルさんがシェリーちゃんの姿を見送ってから視線の方向を変え、ジョアンさんにそう問いかける。
「もちろんでございます。それが私達の仕事ですから、こちらはお任せ下さい」
ジョアンさんが一礼をし終え、アディルさんは席を立って私の手を取り立ち上がらせた。
「よろしくお願いします。全部美味しかったとウォルシュタさんに伝えといて下さい。あきな、行こう」
「ヘ?」
「おいで」
「次は何処に行くんですかっ」
手を引かれながらその場から離れようとする間際、振り向くとジョアンさんが私達に折り目正しく礼をしていた。
「ジョアンさん! ごちそうさまでした!」
賑やかな場にかき消されそうになった声は、ちゃんとジョアンさんに聞こえていたようで、今度は軽く頭を頷かせるようにして微笑んでくれた。
* * *
賑やかな食堂を後にしてから、私の部屋とは違う方向へと歩みを進めている所。
「部屋には戻らないんですか……?」
伺うようにアディルさんへ問う。何も知らないそんな私の表情を見て、少し困ったように眉尻を下げたアディルさん。
「実は老様がお呼びなんだ」
「そ……れって。昨夜の事で……ですよね」
昨夜のことを思い出していくうちに徐々に視線を下げていくと、アディルさんは頬を指で数回掻いてあの子にしたように頭を優しく撫でた。
「心配しないで。俺がついてるよ」
優しい語り口調に、ゆっくりとアディルさんの方を見遣る。そこには、今まで見たことがないくらい真剣な眼差しの紅い瞳があり、掌に自身のとは違う温もりを感じた。