君がいるから
「なるほどな。俺は構わない、好きにしたらいい」
「ジン!! お主は分かっておるのか!!」
手にしていた杖の先を地に打ち付け、声を荒げたギルスさんの言葉は空間に響き渡る。私はただ、前を行き交う会話を目を丸くして聞いているだけだ。
王様は背後にいるギルスさんに漆黒の瞳を向けた。
「ギルス」
鋭く強い眼差しが、開かれたギルスさんの唇を結ばせる。
「あきな」
「っはい!」
突然名前を呼ばれ、慌てて背筋を伸ばし姿勢を正す。すると、王様は片方の膝を立てて座る姿勢を取り、私と目線を合わせた。
「好きにしろと言いはしたが、城下町に出る時は単独で出るな。我が国は他国に比べて安定してはいるが、身に危険が100%無いとは言い切れない。それは特に今の時期は。それだけは覚えておけ」
「……はい」
「お前は元の世界に帰ることだけを考え行動しろ。いいな」
「分かりました」
「あきな」
真っ直ぐに見つめてくる漆黒の瞳、低い声音が紡いだのは私の名前。
「必ず元の世界に帰す」
胸の奥が小さく波打つ。
その時、私に向けられた王様の表情は、とても穏やかで柔らかな微笑みだった――。
* * *
あきな達3人が立ち去り、残るはジンとギルスの2人だけの姿がこの場にある。
「ジン。お主は何を口にしたのか分かっているのか。万が一、あの娘が奴らの手下だったらどうするつもりだ」
未だ、己に背を向けたままの我等が主に言い放つ声は静かだ。
「あきなには、奴らと同じ力は感じない」
「隠しておるのかもしれぬ。"龍"の事まで知っておったのだ。奴らの手下でないと完全に疑念が晴れたわけではない」
眉間に皺を濃く刻み、ギルスの細めた眼光は鋭い。
「それが只の演技だったら、大した女だな。あいつは」
「何をのん気なことを……少しは王の自覚を」
「無いように、お前には見えるか?」
体を向き直らせ、今一度ギルスと対峙する。そして、フッと視線を先に逸らしたのは、紅い絨毯の上を歩み始めたジンの方だった。だが、ギルスはジンの背中を追うように言い放つ。
「用心に越した事はない。あの娘への"術"はまだ解かぬぞ」
これで話は終わりだというように返すこともせず、ジンは部屋を立ち去った。
「お主は分かっておるのか」
お主が背負った運命はもう既に動き出している事を――。