君がいるから
* * *
「ありがとうございました」
部屋から出て、元来た歩廊をアディルさんと肩を並べ歩いている。目を前へ向ければ、私達より数歩先にアッシュさんの背中。
「許可をもらえたのは、アディルさんのおかげです」
「街に出る時は一緒に連れて行くから。何もしないで、部屋に1日いるのは退屈だろうから」
「楽しみが出来て嬉しいです。携帯も使えなくなるところだったし、ウォークマンも電池切れてるし」
「けいたい? うぉ……何?」
「いえいえ! 何でもないですっ」
知らないこの世界でもしかしたら部屋に1人、退屈な日々を過ごす事になると思ってた。アディルさん達は仕事をしているんだろうし、毎回付いてもらって迷惑をかけるわけにもいかないって考えてた。
城下町に出るときは誰かの付き添いが必要だけどお城は1人でも平気そうだし、向こうに帰ったらお城の中を探検する縁なんて無いんだからと、1人で胸を躍らせ満面の笑みを浮べる。
「アディル」
先を歩いていたアッシュさんがふいに足を止め、こちらを振り返った。
「自室に戻る。少しでも異変があれば呼べ」
「了解」
右の拳を胸に当て軽く頭を下げるアディルさん。するとアッシュさんは、再び前方へ向き直り靴音を鳴らして行ってしまう。
「………」
「あきな?」
「ヒャッ!!」
突然、目の前にアディルさんの顔が現れ、変な高い声を上げてまった。
「驚かすつもりはなかったんだけど、ごめんね」
「いえ! すいません……ボーッとしちゃってました」
はははっと空笑う私に、少し首を傾げたけれど、すぐにいつもの微笑みを浮かべる。
「さっ行こうか」
「え? え? ちょっ何処へですか!?」
アディルさんの大きな掌で、頭をクシャクシャっと崩され、腰に手を添えられた。さっきよりもお互いのぐんと距離が近づき、心臓の鼓動が激しく打ち始める。そんな私を知ってか知らずか、お構いなく先へ進み始めて行く。
アディルさんとの距離と腰に添えられた手に緊張しながらも、ふと頭に過ぎる事が1つ。
今し方別れたアッシュさんが振り向き直る、ほんの一瞬の事――私は一瞬だけ目が合った気がした。それも初めて出会ったあの時のような――冷ややかで、どこか寂しさを感じる青の瞳の眼差しと――。