君がいるから


   * * *


 うーんっと背筋を思いっきり伸ばして、大きく息を吸い込む。

「気持ちいいー」

 アディルさんに連れて来られたのは、以前に案内してもらった庭園。はぁーっと力が抜けた途端、爽やかな風と暖かな日差しが肌に沁みこんでいく。

「やっぱり外はいいなぁ。気分爽快」

「いい天気だね。このままうたた寝しちゃいそうだ」

 アディルさんはそう言うや否や、青々と生い茂った草の上に背から後ろへ倒れ、長い手足を組む。

「たしかに、こんな良いお天気なら、日向ぼっこはとても気持ちいいかもしれませんね」

「なら、ほらっあきなも」

 ヒョイヒョイと手招きをされ、吸い寄せられるようにアディルさんの隣に腰を下ろす。そして空を仰ぐと、大きな赤オレンジの満月が変わらずそこに存在していて、青い澄み渡る空には不似合だと改めて思う。
 ところが、急にぐるりと視点が傾き思わず声を上げる。

「ひゃっ!!」

 腕に残る感覚に、そこでようやく傍らに横たわる主の仕業だと悟り、隣へと目を向ける際に青臭さを身近で感じた。

「アっアディルさん!! 急に腕を引っ張ったら驚くじゃないですか!」

 頭に軽い痛みですんだのは、青々と茂った草のおかげ。

「あははは。ごめん、ごめん」

 声を上げて笑うアディルさんの姿を初めて目にして、その笑顔に私もまた頬を緩めた。アディルさんから視線を外し、その先に空一面の青の世界が広がってるのを瞳に映す。その青に白いゆったりと流れては形を変えていく雲。時折、小さな鳥達が飛び交い、囀りが遠くから聞こえてくる。
 何も変わらない、私がいつも見ていた空と――。本当はここは地球なんじゃないか、そう思えてしまうのは、地球と同じ青い空や木々や空、雲、鳥、草花、人、水。

(何も変わらない)

 ただ一つだけ異なっているのは――青の空に浮かぶ巨大な赤オレンジの月だけ。

「父さん……コウキ……」

 コウキと喧嘩してた日々がとても懐かしく思える。由香や秋山――友達との楽しい一時が、家事で慌しくしていた日々も何もかもが遠い昔のことのよう。

「――あきな」

 掠れたような声で呼ばれ、声の主へ視線を向けたら、長くて綺麗な指先が私の目元に触れた。

「ア……ディル……さん?」

 真っ直ぐに私を見つめる紅い瞳に捕らわれてしまう。風が吹き流れる音、葉が揺れる音、鳥達の囀りが耳に運ばれてこない。それはまるで全ての時間が止まったかのよう――。

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