”さよなら”なんて言えなくて
もっと強く
薄暗い廊下。
コツコツと靴音だけが響く。
名前のプレートを指で触り
扉の前で深く深呼吸をする蒼。
トントン。
軽く扉を二回叩く。
返事さえない空気がいっそう扉を重くする。
「信五。おるんやろう?」
平常心を保ちながら扉をゆっくりと開ける。
カーテンで閉めきられた病室。
薄暗く。
どんよりと重い空気が立ち込める。
「折るんやったら返事してや。」
カーテンを開ける蒼。
蒼の存在を無視するかのように布団を頭までスッポリとかぶる信五。
「ちょっと聞いてるん?」
布団をめくりあげる蒼。
不貞腐れた顔で蒼を睨む信五。
「何よ?言いたいことがあるんやったらはっきり言うてや。」
強気な態度。
心臓はバクバクと壊れるような音を刻む。
「…何しに来たん?彼氏がこんな病気で可愛そうやと思ったん?」
冷め切った目。
「同情やったらいらん。帰れや。」
感情的になる信五。
「言いたいことはそれだけ。」
表情一つ変えず信五を見つめる蒼。
「ほな。言わしてもらう。同情なんかしてひん。信五の傍におりたいだけや。それが信五にとってしんどくてもうちは毎日ここに来る。信五に会いにくる。もう泣かひん。泣かひんって約束するから傍にいさせて。」
潤んだ瞳。
信五の頬へと手を伸ばす。
「彼女でおらせてや。」
力なく微笑む蒼。