”さよなら”なんて言えなくて
濃い紫色の毛糸の帽子をかぶりサッカーの誌をめくる信五。
その横でりんごをほうばる蒼。
「なぁ。それ。」
りんごを指差す信五。
「僕の見舞いで持ってきたんちゃうん?」
大口を開け美味しそうにりんごを食べる蒼。
「信五の見舞いちゃうで。蒼が食べたかったから買うてきたんやもん。」
舌をだし笑う蒼。
「
何やねん。僕にもくれや。」
蒼の手からりんごを一口かじる。
「うちのりんごが。」
信五にかじられたりんごを恨めしそうに見つめる。
「りんごくらいでケチケチ…うっ。」
口を抑えバケツへと手を伸ばす。
「信五。」
青白くなる顔。
信五の背中を必死にさする。
「大丈夫?先生呼ぼうか?」
ベッド横のスイッチへと伸ばす手。
「…だ…丈夫やから…。」
蒼の手を止める信五。
「やけど。」
心配そうに信五を見つめる。
「大丈夫やっていうてるやろう。」
震える手。
大声で怒鳴り散らす。
「分かった。」
一瞬、困惑を見せる蒼の表情。
それ以上何も言わず信五の背中をさすり続ける。