”さよなら”なんて言えなくて
曇り空の下。
ベンチに腰掛ける蒼。
蒼にコーヒーを差し出すと隣に腰掛ける。
会話をするわけでもなくただ目の前の景色に目を向ける。
リハビリを兼ね散歩をするおじいちゃん。
見舞い客。
先生や看護婦さんが笑顔を絶やさず行き交う。
「…信五。頑張ってるやろ?」
沈黙を破るかのようにすばるに話かける。
「ああ。」
不器用に返事を返す。
「うちな…。ほんまは怖いねん。」
缶コーヒーを握る手に力が入る。
「薬の副作用で髪も抜けて…吐き気に襲われて…どんどん痩せていくやろう。ほんまに治るんやろうか…。このまま信五が何処かにいっちゃうんやないかって思うと不安で…怖くて…。」
薄っすらと泪を浮かべる蒼の瞳。
「何、弱気になってんねん。信五は治る。治るねん。そうやろう?」
蒼を見つめるすばる。
その瞳は微かに震え。
「うちやって治るって信じてる。やけど…。」
ベンチから立ち上がる蒼。
「やけど何ねん。」
蒼の肩にのせられる力強い手。
自分のほうへと振り向かせる。
「やけど…信五の苦痛に歪める顔を見るたびに怖くなるねん。どんなに平常心を装うとしても…震えが…この手の震えが止まらないんや。」
すばるの腕を力いっぱい振り払うと病室の方へと走り出す。
「蒼。」
走り去る蒼の姿を追うことが出来ないすばる。
ただずっと後ろ姿を見つめる。