マザーリーフ
千香の死
朝、永瀬桃子が教室に行くと、机の上に、菊とアイリスの花束が花瓶に活けて置いてあった。
その机は中野千香の机だった。
昨日、学校は臨時休校だった。
理由は、先週の金曜日の午後、クラスメイトの千香が自宅マンションのベランダから転落死したからだ。
昨夜、桃子たちクラスメイトは千香の通夜に参列した。
白い菊に囲まれた千香の遺影は、参列者たちに笑顔でピースサインしていた。
千香の母親はショックのあまり、葬儀に参列出来ないほど体調を崩した。
桃子たちが順番に焼香するたびに、今にも崩れ落ちそうな千香の父親を千香の兄が必死に支えながら、頭を下げた。
葬儀場はこれ以上はないという深い悲しみに包まれ、参列者のすすり泣きがさざ波のように聞こえた。
「若い人のお葬式は本当に嫌ね…。」
千香の親戚らしき女性がハンカチで涙を拭いながら言った。
本当に死ぬことないのに…。
馬鹿、千香…。
桃子自身も泣きながら、遺影の千香に話し掛けた。
千香の机の上の菊の花瓶は、翌日には片付けられた。
早速、保護者から学校にクレームがあったからだ。
気が散って勉強に集中出来ないと。
桃子たちは来春、受験を控えていた。
警察の調べでは千香の死は、なにかの拍子にベランダから転落した事故で、事件性はないと断定した。
遺書もなかった。
それなのに、千香の死は自殺だという噂が流れた。
次に責められたのは、桃子たちのクラス担任の武藤葉子だった。
生徒の指導力不足。
花瓶を置いたのも先生の配慮不足。
先生の観察力がもっとあれば、事故は防げたのではないか…
不幸な事故死だと言われているのに、何かに責任を押し付けたい理不尽な大人たちだ。
武藤葉子は20代後半の国語の教諭だった。
フレアスカートにストッキング、スニーカーを合わせるような先生だった。
明るい性格で生徒たちからは親しみを込めて「ムーちゃん」と呼ばれていた。
よく男子からもからかわれていたが、明るく躱していた。
前に桃子は急に生理になり、トイレの前に偶然にいた武藤に
「急にアレになっちゃった。どうしよう。」
と言ったことがあった。
すると武藤はスカートのポケットからナプキンをそっと取り出して、
「はい。どうぞ。」
と笑顔で桃子に手渡してくれた。
武藤は下を向いて廊下を歩き、何日も同じ服をきて、教壇に立つようになった。
ある日、国語の授業中、武藤は突然動かなくなった。
生徒たちを見つめる、彼女の大きな二重まぶたの虚ろな瞳からは涙が流れ、光っていた。
生徒たちは沈黙した。
しばらくすると武藤は我に返り
「ごめんなさい…」
とつぶやいて、教室を出て行った。
そのまま武藤は教職を辞した。
桃子は言いたかった。
千香が死んだのは可哀想だけど、ムーちゃんのせいじゃない。
あれは事故だと。
学校では、千香の幽霊が出ると噂になった。
すぐに桃子たちのクラスでは席替えが行われ、千香は席すらなくなった。
三ヶ月後、千香の両親は娘の死はイジメが原因であると、教育委員会を通じて市と学校を提訴する構えをみせた。
学校では、聞き取り調査が行われ、桃子たちは一人一人校長室に呼ばれた。
校長室のソファに座った桃子は教頭の
「イジメはありましたか?」の質問に
「ないと思います。」と答えた。
桃子の家にも千香の母親から電話があった。
「どんなに小さなことでもいいから教えて欲しいの。」
千香の母親は涙声で言ったが、桃子は
「知りません。」と答えた。
「娘が死んで悔しいのはわかるけど、事故だって警察が言ってるのに、賠償金なんてね…。」
隣で洗い物をしながら、電話を聞いていた桃子の母は言った。
桃子は千香が大嫌いだった。
二年生から同じクラスで恵子、和美、桃子、千香の仲良し四人グループで通っていたから、我慢していた。
誰にも言えなかった。
自分が可愛いのを自慢する千香。
桃子のお気に入りのペンケースを
「桃子ってだっさ~」
と馬鹿にする千香。
学年で一番かっこいい潤と付き合っているのを自慢していた。
だから、桃子は千香の母親に何も教えたくなかった。
その机は中野千香の机だった。
昨日、学校は臨時休校だった。
理由は、先週の金曜日の午後、クラスメイトの千香が自宅マンションのベランダから転落死したからだ。
昨夜、桃子たちクラスメイトは千香の通夜に参列した。
白い菊に囲まれた千香の遺影は、参列者たちに笑顔でピースサインしていた。
千香の母親はショックのあまり、葬儀に参列出来ないほど体調を崩した。
桃子たちが順番に焼香するたびに、今にも崩れ落ちそうな千香の父親を千香の兄が必死に支えながら、頭を下げた。
葬儀場はこれ以上はないという深い悲しみに包まれ、参列者のすすり泣きがさざ波のように聞こえた。
「若い人のお葬式は本当に嫌ね…。」
千香の親戚らしき女性がハンカチで涙を拭いながら言った。
本当に死ぬことないのに…。
馬鹿、千香…。
桃子自身も泣きながら、遺影の千香に話し掛けた。
千香の机の上の菊の花瓶は、翌日には片付けられた。
早速、保護者から学校にクレームがあったからだ。
気が散って勉強に集中出来ないと。
桃子たちは来春、受験を控えていた。
警察の調べでは千香の死は、なにかの拍子にベランダから転落した事故で、事件性はないと断定した。
遺書もなかった。
それなのに、千香の死は自殺だという噂が流れた。
次に責められたのは、桃子たちのクラス担任の武藤葉子だった。
生徒の指導力不足。
花瓶を置いたのも先生の配慮不足。
先生の観察力がもっとあれば、事故は防げたのではないか…
不幸な事故死だと言われているのに、何かに責任を押し付けたい理不尽な大人たちだ。
武藤葉子は20代後半の国語の教諭だった。
フレアスカートにストッキング、スニーカーを合わせるような先生だった。
明るい性格で生徒たちからは親しみを込めて「ムーちゃん」と呼ばれていた。
よく男子からもからかわれていたが、明るく躱していた。
前に桃子は急に生理になり、トイレの前に偶然にいた武藤に
「急にアレになっちゃった。どうしよう。」
と言ったことがあった。
すると武藤はスカートのポケットからナプキンをそっと取り出して、
「はい。どうぞ。」
と笑顔で桃子に手渡してくれた。
武藤は下を向いて廊下を歩き、何日も同じ服をきて、教壇に立つようになった。
ある日、国語の授業中、武藤は突然動かなくなった。
生徒たちを見つめる、彼女の大きな二重まぶたの虚ろな瞳からは涙が流れ、光っていた。
生徒たちは沈黙した。
しばらくすると武藤は我に返り
「ごめんなさい…」
とつぶやいて、教室を出て行った。
そのまま武藤は教職を辞した。
桃子は言いたかった。
千香が死んだのは可哀想だけど、ムーちゃんのせいじゃない。
あれは事故だと。
学校では、千香の幽霊が出ると噂になった。
すぐに桃子たちのクラスでは席替えが行われ、千香は席すらなくなった。
三ヶ月後、千香の両親は娘の死はイジメが原因であると、教育委員会を通じて市と学校を提訴する構えをみせた。
学校では、聞き取り調査が行われ、桃子たちは一人一人校長室に呼ばれた。
校長室のソファに座った桃子は教頭の
「イジメはありましたか?」の質問に
「ないと思います。」と答えた。
桃子の家にも千香の母親から電話があった。
「どんなに小さなことでもいいから教えて欲しいの。」
千香の母親は涙声で言ったが、桃子は
「知りません。」と答えた。
「娘が死んで悔しいのはわかるけど、事故だって警察が言ってるのに、賠償金なんてね…。」
隣で洗い物をしながら、電話を聞いていた桃子の母は言った。
桃子は千香が大嫌いだった。
二年生から同じクラスで恵子、和美、桃子、千香の仲良し四人グループで通っていたから、我慢していた。
誰にも言えなかった。
自分が可愛いのを自慢する千香。
桃子のお気に入りのペンケースを
「桃子ってだっさ~」
と馬鹿にする千香。
学年で一番かっこいい潤と付き合っているのを自慢していた。
だから、桃子は千香の母親に何も教えたくなかった。