マザーリーフ
桃子たちは10時にチェックアウトすると帰路についた。
花の少ない季節だが、房総の道沿いにはサルビアやコスモスが植えられ咲いていた。
「やっぱりこっちは暖かいんだなあ。」
潤が言った。
愛菜は車に乗ってしばらくすると、チャイルドシートで寝息を立て始めた。
「愛菜ちゃん寝たんだったら、横においでよ。」
「うん。」
お茶を買うためにコンビニに寄ったタイミングで、桃子は助手席に座った。
「いろいろありがとう。」
運転する潤の横顔を見ながら桃子が言った。
「俺が出来ることがあれば、力になるから。桃子、頑張れよ。」
「うん、愛菜の為に頑張るよ。」
桃子は外を眺めた。
花々はなく、枯れ草ばかりの景色が続いた。
「昨夜は済まなかった。」
潤は前を向いたまま、言った。
「でも、これで過去から抜け出すことができそうだよ。」
潤が何を言おうとしているのか…桃子は訝った。
しばらくの沈黙のあと、潤が言った。
「俺、来年の春、結婚するんだ。」
その言葉は桃子の心を突き刺した。
今頃気が付いた。
潤のことを何も知らなかったことに。
潤へのほのかな感情がみるみるうちに萎えていき、それは変質する。
「そうなんだ。おめでとう。」
窓の外を見たまま、桃子は言った。
ふと、あのマザーリーフをくれたという会社の女の子が潤の相手なのかもしれない、と桃子は思った。
「そんなものくれるなんてひどい奴…」
自分でも気付かないうちに桃子は独り言を言っていた。
「えっ?」
潤が問い返した。
桃子は何も言わなかった。
行く先に山一面の美しいサルビア畑が見えてきた。
桃子の目には燃えるようなサルビアの赤が滲んで見えた。
芽を毟られたテーブルの上のマザーリーフは、きっとまた新しい芽を生やしていることだろう。
喪失からすぐに再生は始まる。
マザーリーフのように、どんなに淀んだ水の中でも再生しなければならない。
潤も。
桃子自身も。
「…私には愛菜がいる。」
桃子は泣きながら呟いた。
花の少ない季節だが、房総の道沿いにはサルビアやコスモスが植えられ咲いていた。
「やっぱりこっちは暖かいんだなあ。」
潤が言った。
愛菜は車に乗ってしばらくすると、チャイルドシートで寝息を立て始めた。
「愛菜ちゃん寝たんだったら、横においでよ。」
「うん。」
お茶を買うためにコンビニに寄ったタイミングで、桃子は助手席に座った。
「いろいろありがとう。」
運転する潤の横顔を見ながら桃子が言った。
「俺が出来ることがあれば、力になるから。桃子、頑張れよ。」
「うん、愛菜の為に頑張るよ。」
桃子は外を眺めた。
花々はなく、枯れ草ばかりの景色が続いた。
「昨夜は済まなかった。」
潤は前を向いたまま、言った。
「でも、これで過去から抜け出すことができそうだよ。」
潤が何を言おうとしているのか…桃子は訝った。
しばらくの沈黙のあと、潤が言った。
「俺、来年の春、結婚するんだ。」
その言葉は桃子の心を突き刺した。
今頃気が付いた。
潤のことを何も知らなかったことに。
潤へのほのかな感情がみるみるうちに萎えていき、それは変質する。
「そうなんだ。おめでとう。」
窓の外を見たまま、桃子は言った。
ふと、あのマザーリーフをくれたという会社の女の子が潤の相手なのかもしれない、と桃子は思った。
「そんなものくれるなんてひどい奴…」
自分でも気付かないうちに桃子は独り言を言っていた。
「えっ?」
潤が問い返した。
桃子は何も言わなかった。
行く先に山一面の美しいサルビア畑が見えてきた。
桃子の目には燃えるようなサルビアの赤が滲んで見えた。
芽を毟られたテーブルの上のマザーリーフは、きっとまた新しい芽を生やしていることだろう。
喪失からすぐに再生は始まる。
マザーリーフのように、どんなに淀んだ水の中でも再生しなければならない。
潤も。
桃子自身も。
「…私には愛菜がいる。」
桃子は泣きながら呟いた。