マザーリーフ
潤の働く焼き肉レストランはロックスにあり、潤の先輩とは店の前で待ち合わせした。
美味しそうな焼き肉の匂いが漂ってくる。
桃子は急にお腹が空いてしまった。
「よう。」
そういって現れたのは、中肉中背の肩のがっちりした短髪の男だった。
優男の潤とは全然タイプが違った。
店に入ってすぐ、男は元気よく自己紹介を始めた。
「俺は伊師っていいます。伊藤の伊に師は医師の師です。あ、それじゃわかんねーか、看護師の師です。」
伊師は、豪快に笑った。
「こんな苗字だから、しょっちゅう、伊師は意志が弱いとかいわれちゃうんだよね~。」
「先輩、強烈でしょ」
潤が笑いながら言った。
四人で焼き肉を食べながら、伊師は自分は二年前からシドニーに来ていて、こちらで空手を教えているのだ、と言った。
「潤も空手やってるの?」
桃子が聞くと
「か・ら・てなんて、やんねーよ。
だっせー。」
潤はふざけて隣の伊師の方を見ながら言った。
すると、伊師は立ち上がり潤の首を閉める真似をした。
「すいません、先輩が空手やってるの忘れてました。すいません。」
潤は笑いながら言った。首締めが終わってから、
「俺は高校の時、テニスやってたんだ。」
と言うとその途端、伊師は潤を指差し、がははと大笑いした。
「テニス。こいつがテニスって顔かよ~笑わすなよ。」
今度は潤が伊師の首を締める真似をした。
潤と伊師の会話はずっとこんな感じで、桃子と麻美は笑いっぱなしだった。
伊師は桃子たちがはたちだと知ると、潤の頭を引っ叩き、
「馬鹿、潤、お嬢さんたちにビールだろが。焼き肉にはビールだろが。気の利かねえやつだな。」
などと喚いた。
急に頭を叩かれた潤は口をもぐもぐさせながら、
「す、すいません。ビクトリアビターでいっすか?」
と頭を下げた。
「全く、トロい後輩持つと苦労するよな。」
伊師は腕組みし、さも呆れた、という顔をした。
ふと桃子は気づいた。
伊師が決して自分や麻美の目を見ないことに。
豪胆に見せて、内面は繊細なのだろう。
ビールが来ると伊師は
「俺、今日、車だから飲まない。」
と言い出した。
もともとアルコールには弱いそうで、
「俺が飲めないっていうと、気持ち悪い、とかぶりっ子してんじゃねえとか言われちゃうんだよね。」
と言って頭を抱えた。
「いや、実際気持ち悪いっすよ。」
潤が毒舌で返した。
癖のないオーストラリアのビールを飲みながら涙がでるほど大笑いし、今日が一番楽しい、と桃子は思った。
桃子たちが、明日、シドニータワーとハイドパークに行く、と言うと伊師は
「シドニータワーなら、今から連れていってあげるよ。」と言った。
食事が済んでから、皆で伊師の車に乗り、シドニータワーに移動した。
潤と伊師は、車の中でもタワーの中でもふざけてばかりで、桃子たちは、ずっと笑い転げていた。
シドニータワーで、煌めくロマンチックなシドニーの夜景を楽しんだあと、桃子たちは宿泊しているホテルまで伊師に送ってもらうことになった。
四人で駐車場に向かう際、潤は麻美と伊師に気付かれないように桃子にすっとメモを手渡した。
そして
「5月に帰る。その頃メールして」
と桃子の耳元で言った。
メモには潤のメールアドレスが書いてあった。
ホテルに戻り、桃子はシャワーを浴びながら、ふと自分たちが焼き肉の代金を支払っていない事に気がついた。
伊師と潤が桃子たちの知らないうちに支払いを済ませてくれたのだろう。
そして潤が、メアドを教えてくれたことが嬉しくて「うふふ」と一人で笑った。
しかし、いつのまにか桃子はメモをなくしてしまった。
帰国し、スーツケースの中を全部出してもメモは見つからなかった。
美味しそうな焼き肉の匂いが漂ってくる。
桃子は急にお腹が空いてしまった。
「よう。」
そういって現れたのは、中肉中背の肩のがっちりした短髪の男だった。
優男の潤とは全然タイプが違った。
店に入ってすぐ、男は元気よく自己紹介を始めた。
「俺は伊師っていいます。伊藤の伊に師は医師の師です。あ、それじゃわかんねーか、看護師の師です。」
伊師は、豪快に笑った。
「こんな苗字だから、しょっちゅう、伊師は意志が弱いとかいわれちゃうんだよね~。」
「先輩、強烈でしょ」
潤が笑いながら言った。
四人で焼き肉を食べながら、伊師は自分は二年前からシドニーに来ていて、こちらで空手を教えているのだ、と言った。
「潤も空手やってるの?」
桃子が聞くと
「か・ら・てなんて、やんねーよ。
だっせー。」
潤はふざけて隣の伊師の方を見ながら言った。
すると、伊師は立ち上がり潤の首を閉める真似をした。
「すいません、先輩が空手やってるの忘れてました。すいません。」
潤は笑いながら言った。首締めが終わってから、
「俺は高校の時、テニスやってたんだ。」
と言うとその途端、伊師は潤を指差し、がははと大笑いした。
「テニス。こいつがテニスって顔かよ~笑わすなよ。」
今度は潤が伊師の首を締める真似をした。
潤と伊師の会話はずっとこんな感じで、桃子と麻美は笑いっぱなしだった。
伊師は桃子たちがはたちだと知ると、潤の頭を引っ叩き、
「馬鹿、潤、お嬢さんたちにビールだろが。焼き肉にはビールだろが。気の利かねえやつだな。」
などと喚いた。
急に頭を叩かれた潤は口をもぐもぐさせながら、
「す、すいません。ビクトリアビターでいっすか?」
と頭を下げた。
「全く、トロい後輩持つと苦労するよな。」
伊師は腕組みし、さも呆れた、という顔をした。
ふと桃子は気づいた。
伊師が決して自分や麻美の目を見ないことに。
豪胆に見せて、内面は繊細なのだろう。
ビールが来ると伊師は
「俺、今日、車だから飲まない。」
と言い出した。
もともとアルコールには弱いそうで、
「俺が飲めないっていうと、気持ち悪い、とかぶりっ子してんじゃねえとか言われちゃうんだよね。」
と言って頭を抱えた。
「いや、実際気持ち悪いっすよ。」
潤が毒舌で返した。
癖のないオーストラリアのビールを飲みながら涙がでるほど大笑いし、今日が一番楽しい、と桃子は思った。
桃子たちが、明日、シドニータワーとハイドパークに行く、と言うと伊師は
「シドニータワーなら、今から連れていってあげるよ。」と言った。
食事が済んでから、皆で伊師の車に乗り、シドニータワーに移動した。
潤と伊師は、車の中でもタワーの中でもふざけてばかりで、桃子たちは、ずっと笑い転げていた。
シドニータワーで、煌めくロマンチックなシドニーの夜景を楽しんだあと、桃子たちは宿泊しているホテルまで伊師に送ってもらうことになった。
四人で駐車場に向かう際、潤は麻美と伊師に気付かれないように桃子にすっとメモを手渡した。
そして
「5月に帰る。その頃メールして」
と桃子の耳元で言った。
メモには潤のメールアドレスが書いてあった。
ホテルに戻り、桃子はシャワーを浴びながら、ふと自分たちが焼き肉の代金を支払っていない事に気がついた。
伊師と潤が桃子たちの知らないうちに支払いを済ませてくれたのだろう。
そして潤が、メアドを教えてくれたことが嬉しくて「うふふ」と一人で笑った。
しかし、いつのまにか桃子はメモをなくしてしまった。
帰国し、スーツケースの中を全部出してもメモは見つからなかった。