マザーリーフ
一階のリビングに降りると、隆がテレビも見ずにソファーに座っていた。

そして桃子の顔をみるやいなや、ザッとカーペットにひれ伏し、土下座をした。

隆は言った。

「頼む!桃子。俺と別れてくれ。」


桃子は唖然とした。

てっきり謝罪すると思っていた。

「愛菜はどうするの?」
桃子は隆を避け、キッチンに向かった。

隆に背を向けたまま、冷蔵庫を開け、麦茶を取り出す。

「養育費はちゃんと払うから。」

桃子は怒りのあまり、涙が込み上げてきた。

養育費だけではない、この家のローンは、そして桃子たちの生活はどうするのだ。


「馬鹿なこといわないでよ!」


涙声で叫びながら、桃子はシンクの中に麦茶の入ったグラスを叩きつけた。

ガチャン!と甲高い音をたててグラスが割れ、麦茶が飛び散った。

桃子はリビングにいる隆に詰め寄った。

隆はまだ土下座したままだ。


「あんた、結婚してて子供もいるのに何考えてるの?あんな馬鹿みたいな女とどうかなるなんて、本当最低!なんなのあの女、キャバクラとかで知り合ったわけ?」

今まで、隆をあんたなどと呼んだことはなかったのに、今の桃子には隆をこう呼ぶしかなかった。

隆が少し頭をあげる。顔は下を向いたまま答えた。

「ゆかりは会社の後輩だよ。」

桃子は開いた口が塞がらない。
あんなのが会社勤めとは呆れた。

「私、知ってたんだからね。プリクラなんか撮っちゃって。あんなもの家に持ち込まないでよ。気持ち悪い!」


「うるっせえ!」

突然、隆が顔を上げて、大声で怒鳴った。
「俺ばっか責めんなよ!お前がやらせないから悪いんだろ!俺がどんな気持ちでいたか、分かるのか!」


やらせないから?

隆の言葉に桃子は固まる。

愛菜が生まれてから、夫婦生活は数えるほどしかなかった。

家事と育児に追われていた桃子は
「疲れているから」
と隆の要求を拒否し続けていたからだ。

しかも、あのプリクラといやらしいメールを見てからは、下着姿を見られるのすら嫌だった。

「馬鹿みたい。だからって、他でしていいわけないじゃない。」

隆はフラッと立ち上がり桃子を睨みつけた。

「あーどうせ俺は馬鹿だよ!」

そういうと隆は両手で桃子を突き飛ばした。

桃子はよろけ、食卓の椅子に腰を打った。

桃子は悲しみと怒りで一杯になり、そのまま崩れ落ちるように座り込んだ。

なんでこんな目に合わなきゃいけないの。

両手で顔を覆い、号泣した。

その様子を見ながら隆は言った。

「もう愛のない生活は嫌だ。俺とゆかりは離れることは出来ないんだ。」

隆は壁掛けのキーホルダーから、車のキーをひったくるように取ると、何処かへいってしまった。
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