黄昏バラッド
このぐらいで地元に帰るくらいなら、はじめからこの街にだって来たりしない。
私はもう帰らないって決めた。もう1秒でもあそこにいたくなかったから。
「……そっか」
返ってきた反応は意外なもので、もっとしつこく色々と聞かれると思ったのに。
「ねえ、名前教えてよ」
名前なんて聞いてどうするの?
もう会うこともないし、それに私は……。
「ないよ。名前なんてない」
全てを捨ててきたの。
17年間使ってきた名前も、もういらない。
そのあと、暫く男の人は何も言わなかった。さすがに引いたのかもしれない。でも私にとって関わりたくないと思われる方がラク……。
「なんかキミ、昔うちで飼ってた猫に似てる」
「……は?」
あまりに突拍子のないことを言うから思わず聞き返してしまった。
だってこの状況で、普通そんなことを言う人なんていない。世界中探したってこの人ぐらいだよ。
「本当だよ?三毛猫で小さくて、毛がフサフサしてんの」
だからなに?
私は猫に似てないし、なんで今その話?
「そいつひとりぼっちで、いつの間にか飼うことになってたんだけど」
「………」
「なんか可愛くて、放っておけなかったんだよね」