黄昏バラッド


スタスタとどこに向かうわけでもなく鉄さんは大通りを歩き続けた。


「あのあとみんなに『麻耶ちゃんだけじゃ可哀想』『鉄さんだってタダで飲み物飲んでる』とか文句言われちゃって」

鉄さんの笑い声も今は頭に入ってこない。

だれにも会わないように遠くに来たのに、やっぱりそんなに甘い世界じゃなかった。


「心配すんな。さっき渡したのは途中で貰ったインドカレー屋のチラシだから」

……やっぱり鉄さんは私たちの会話が聞こえていたんだろうな。その証拠に鉄さんの手は私の腕を掴んだまま。

まるで私を慰めるみたいに。


「……なにも聞かないんですね」

聞こえていたなら気になるでしょ?私が逃げてきた理由。


「聞かねーよ。俺には関係ないし」

鉄さんって不器用だけどやっぱり優しい人だな。

こんな素性も分からない私を雇ってくれて、今だってなにも聞かずにいてくれる。


「今日はもう帰っていいよ。あとは亮にでも慰めてもらえ」

鉄さんは私が持っているチラシを取り、サンセットに戻って行った。
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