黄昏バラッド


鉄さんは大きなため息をついて壁に寄り掛かった。


「まあ、たぶん来ないだろうな……」

それは独り言ですか?まだ決まったわけじゃないのにすでに諦めモード。そんな雰囲気に私はムスッと口を尖らせた。 


「尚さんと同じようなこと言わないで下さい」

食器を洗う手が自然と速くなる。


「は?誰が同じだよ?」

「………」

同じじゃないですか。サク本人に聞きもしないで決めつけばかり。

鉄さんは苛立ちながら、また深いため息をついた。


「亮は昔から感情を隠すからよくわかんねーんだよ」

そう言えば前にもこんなことを言ってたっけ。その時の私も怒ってたような気がするけど。


「そうですか?私には普通に見えますけど」


これは自慢とかじゃなくて本当の話。

サクにはちゃんと感情があるし、だからこそ曲が書けるんだと思う。


「その普通って日常的な話でしょ?俺が言いたいのは〝感情的〟ってこと」

……感情的?

感情と感情的ってなにが違うの?


「あーだからさー」

理解してない私に鉄さんが言いづらそうに言う。


「あいつが怒ったり泣いたりした姿を見たことないって話」


それを聞いた私は食器を洗う手を止めた。


私は今までサクの色々な表情を見てきた。


笑った顔や怒った顔。
ふいに見てしまった涙さえも。

でも確かにその中に〝感情的〟なサクはいない。


大声で笑ったり、怒鳴ったり。
声を出して泣いたり。

サクの閉まっておけないほどの感情を、私もまだ見たことがない。

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