黄昏バラッド
冷たい風が頬に当たって私たちの髪がなびく頃、サクがポツリと呟いた。
「ノラ。俺にはね、すごく大切な人がいたんだ」
まるで時間が止まったかのようにサクの顔を反らせない。
うん、私は多分知っていた。
だってサクが時々見せる寂しげな目の裏側には、いつも誰かがいるような気がしていたから。
「名前は高瀬 彩(たかせあや)。サンセットでバイトしてた彼女と俺は高校1年生の時に出逢ったんだ」
――高瀬彩さん。
サクの大切な人の名前。
チクリと胸が痛んだけど、それと同時に埋まらなかったパズルが次々とはまっていく音がした。
ずっと前、サクの家で見たピンクの歯ブラシは彩さんの物だってこと。そして……。
――『彩。これは俺が唯一、好きになった人の名前』
そういえば尚さんがそんなことを言っていたことを思い出した。これは偶然……?
ううん、きっと尚さんとサクの見えない壁の原因はここにある。
私はギュッとサクに貰ったココアを握り締めながら覚悟を決めた。
「彩さんとは……付き合ってたってことだよね?」
サクは大人だし、彼女のひとりやふたりいたって不思議じゃない。でも私の中にあるサクへの想いを考えたら心境は複雑だった。