【完】運命は罠と共に
―――コンコン。



あー、緊張する。



でもこの田中さんのいる個室に入るのも最後になるんだよね。



なんか寂しいな。



患者さんの退院に寂しいなんて毎回考えてたら、自分の心が壊れていくのにね。



本当に田中さんに恋しちゃったんだなーって、嫌でも実感させられた。



最後の最後に実感させられるなんてね。




「失礼します。田中さん検温にきました」



「よかった。今日は金本さんか」



よかったて言ったよね?


聞き間違いじゃないよね?



そう考えていると、田中さんが続けた。




「前に俺がしたことは金本さんの気持ちとか無視して悪かったね。けど、冗談でもからかったわけでもないから」



前にした事ってキスしたこと?だよね?


どう反応していいか分からず、戸惑ってしまった。




「連絡して」


そう言って渡された紙には、携帯番号とメールアドレスが書かれているみたいだった。



受け取っていいものだろうか。



田中さんは患者さんだよ。でも、今日で退院だし。




「受け取るだけ受け取ってくれない?」



困った顔で見つめてくる田中さんに、決めた。



私は小さく頷き、受け取った。



受け取るだけ。そう言い聞かせながら。




うつむいていたから、田中さんの顔ははっきりと見えなかった。




「ありがとう」




そういって頭を撫でてくるものだから、ますます顔が上げられない。




あー、恥ずかしい。顔が熱い。




「可愛い。連絡待ってるから」



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