くだらない短編集
そうして二人は幸せに暮らしましたとさ
むかしむかし、あるところに、幸せに暮らしていた妃と王様が居たそうな。そうしてある日、二人は赤子を授かったんだと。産まれたその子は姫であって、4歳まですくすくと美しく育った。しかし、そこに邪悪が現れた。邪悪は黒い姿をし、八足の足、狼の頭と、四枚の羽翼、蛇の尾を持っていたんだとか。その怪物は姫を攫うと、何処かへ飛んで行った。そうして姫は捕らわれたまま、運命の王子様の到着を、悪魔の巣窟で待っているそうな。
王様は、指名手配書を出しました。姫を連れ去った者やその一味をを殺戮すれば、世にも美しいその姫の婿として迎え入れ、また、高額な賞金をも贈呈するというものでした。各国の強者共───剣客、魔導師が果敢にも挑戦しましたが、皆、敗れて帰らぬ者となりました。
王様は苦悩しておりました。そんなある日、一人の若者が立ち上がりました。隣国の王子です。若人ながら大悪と呼ばれた王を倒し、勇者と呼ばれる青年。綺麗な顔立ちのその青年に、王様は最後の願いを託しました。
「どうか、儂の娘を救ってやってくれ。勇者殿よ」
「了解いたしました。その変わり、一つだけ願いが御座います」
「何じゃ。言うてみい」
「あなたの軍隊を私と共に、行かせてください」
王様は渋りました。今、この国を守る軍隊が居なくなれば多くの国が此処に攻撃を仕掛けてくるかもしれません。隣国の王子も、信用なりません。しかし、王様は首を縦に振りました。王子の眼が、正義に爛々と輝いていたからです。一点の白濁もないその瞳は、勇者と呼ぶには相応しいものでした。
王子が邪悪討伐に名乗りをあげたのには訳がありました。実は、青年と姫は、幼少期に二人でこっそりと遊んでいたのです。姫が連れ去られる寸分前も、当時は7歳であった彼は彼女の側にいたのです。二人は未来を約束しておりました。虹色の小鳥達は愛を語り、花々は二人を祝福していたのです。しかし、青年は少女が連れ去られたことを知りました。その日から、青年は熱心に剣術を学び、魔法学を学び、誰にも負けぬ力を手に入れました。
そして、決戦の日。風は強く吹き荒れておりました。多人数で構成された軍隊を連れて、青年は悪魔の巣窟へ向かいました。彼等の行き着いた場所には、悪魔の巣窟、というには荘厳で神聖な、ドリス式建築の殿堂が建っています。それを囲む花の咲いた草原に、王子は姫と過ごした日々を追想しました。そして、強く彼女のことを想いました。
ですが、時間は長く持たされていません。彼等の眼前に何百という魔物達が出現しました。その奥に、大将の様に、一匹の怪物が佇んでおりました。黒い毛並みに、狼の頭、六足の足、巨躯に似合った二対の羽翼、蛇の尾が妖しく蠢いて。
勇者は剣を掲揚しました。戦の、合図です。両親を、妻を、子供を魔物に殺された者。家を焼き払われた者。それぞれがそれぞれの正義を胸に、軍隊は進みました。勇者は、ひたすらに姫を連れ去った魔物へ一直線に向かいました。敵もどうやら、彼が相手であると察したらしく、大きな翼を広げると、力強く飛び立ちました。
二人は死闘を繰り広げます。青年の剣が魔物の翼を貫き、魔物の牙が青年の肩を抉ります。しかし、最後には、青年が魔法を駆使し、魔物を大きな鏡の中に閉じ込めました。これは、術者の力が弱らない限りは解かれることのない頑丈な結界。この日決行される正義の為に、編み出した最高傑作の術。
青年は、怪我を負った体で、姫のところへと急ぎました。姫は、古びた宮殿の真ん中、天井の円形の穴から差し込む光に当てられて、膝立ちをしながら、天に祈りを捧げております。
その顔の、なんと美しいこと。白い布切れは彼女が纏うだけでシルクの高級服と化し、黒い髪は艶やかに波打ち、陶器の様な肌は触れればきっと柔らかいのでしょう。青年は高鳴る胸を押さえつけ、少女に声を掛けました。
「姫様、迎えに参りました」
勇者は正義を手に歩み寄ります。彼女は瞳を開きました。其の顔に添えられた2つの蒼は、伝説の中の宝石の様です。美しい、と青年は笑むと、手を差し伸べました。
姫は其の手を取らずに緩りと立ち上がりますと、勇者へ近寄りました。無表情に、短剣を取り出しました。そして、胸に、剣を深々と突き刺しました。神殿の光の中で行うそれは、何処か儀式めいていて。何が何だか分かりませんで、青年は姫を見やりました。ずるりと、視界が歪んで、次の瞬間には地面に伏して。
何処か遠くで、結界の敗れる音と、封印した筈の魔物の声が響きます。なぜ、ですか。勇者が唇で必死に言葉を紡げば、陶然だと言わんばかりの顔付きで、姫は言葉を落とします。
「あなたは、私の大切な家族や友を殺す悪じゃないの。邪悪を殺すのが、正義でしょう」
■そうして二人は幸せに暮らしましたとさ
めでたし、めでたし
《捧、黒猫彼方様》