くだらない短編集
おはよう
■さようなら
「おはよう」
くだらない。挨拶なんて、くだらない。そんなの、いらない。だって挨拶が何だと言うのだ。高が五文字や四文字が、1日の何になると言うのか。だのに人々は口にする。煩わしいったらありゃァしない。
その上に、挨拶は呼応式だから嫌いだ。例を挙げると“もし”の呼応は“ならば”で、“何故なら”は“だから”である。ありがとうならば、いえいえ、みたいな。
「例えば明日も僕がここに来れたら、君は返してくれるかい?もう何回も来てるのに、君はいつも返してくれない」
わたしは布団で顔を隠して、ごろりと彼に背を向ける。むかつくんだもの。彼はいつもにこにこしている。この世が幸せに満ちているかの様に、いつもいつも微笑んでいる。
「僕が義父であることが嫌なのかな。参ったな。それとも、あれかな。僕が、短命だからかな。良いお父さんに、なれないからかな」
困っているのだろう。そんな気配が背後からした。わたしは布団をぎゅうっと握りしめる。 彼は二度、私の布団を優しく叩いた。
「じゃあ、次は挨拶、待ってるよ」
そうして彼は立ち上がると、部屋の出口へと向かった。見てはいないけど、足音で分かる。足音で、分かってしまう。
「言わないよ、挨拶なんて」だから、ぽつりと呟いた。
挨拶は、呼応式である。“もう”には“ない”で、ごめんねには、いいよだ。おはよう、には、さようなら、で。
「言わないよ、お父さん」声が震えていないかだけが、わたしの唯一の心配事だ。