くだらない短編集
何万回めの殺意
■何万回めの殺意
ざらり、舌が唸る。瞳孔が開いて、汗が吹き出した。手元に握り締めた包丁を、相手の人間に向ける。酷く怯えた表情が、些か滑稽だ。皮膚の下を蠢く感情が、今にも張り裂けんばかりに膨張している。
直後、体を動かした。ナイフを眼前へ突き出す。がん、と壁に当たった鈍い感触がして、手首から腕へと振動が伝わった。痛みに、刃物を、反射的に引いて地面へ落とす。ぱりん、と安価な音を起てて鏡が割れた。相手の人間の怯えた表情が、粉々になって、地面に墜ちて逝く。ダイヤモンドダストの様に、光を反射しながら落ちるそれらは何処か幻想的だ。地面の上に伏している鏡の破片に目を落とす。景色が粉々に割れている。
突如、ぐさりと音がした。何事かと前を向けば、そこに己自身が居た。己自身が、この体に、ナイフを突き立てていた。しかし相手はそのことに気付かず、ナイフを胸部から抜くとそれを地面へ落とした。相も変わらず、酷く怯えた表情だった。ぱりん。