くだらない短編集





■海



何時からだろう。高層ビルの大群の中で、交差点のど真ん中、二人は向き合う。地面から天まで満水だ。魚達が視界の端で遊泳している。何時からだろう。息苦しい。二人以外に人間は存在していなくて、信号が頭上で赤く点滅している。

海藻が繁茂したビルのガラス窓。巨躯の鯨が、ビルを悠々と通り過ぎて行く。煌めく日差しがゆらゆらと遙か彼方で遊泳している。ごぽり、と排気ガスに汚染された空気が肺から気管を通過し、吐瀉された。何時からだろう。心臓が悲鳴をあげる。此んなにも素敵な世界なのに、どうしてこうも息苦しいのか。




「きっと、君が息の仕方を忘れたからだよ」


涙は海故に、流れていることを知らせずに消えて逝く。重い水圧を背負いながら、一人は、小さく笑ってみせた。





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