くだらない短編集
少女と衛兵(サモトラケノニケ)





■少女と衛兵(サモトラケノニケ)■




白色の軍服を着た40前半の男、リンスはブーツを鳴らしながら、軍基地の白色の廊下を歩いていた。何処までも続く白色は人間の醜さを拡張して、みせる。真っ黒な、白だ。白色の景色を回帰していたリンスの視界に、突然小さな塊が映った。何かと思えば幼女であった。

迷子だろうか。軍基地で迷子何ぞ、戦争が溢れているこの時世、危険に決まっている。スパイと間違えられて拷問、そうでなくとも待機するのは死という現実。リンスは幼女を可哀想に思って、近寄ると手を差し伸べた。幼女は徐に顔を上げた。

よくよく見てみれば案外高価な服を着ているらしい。少女らしい柔らかな唇が、言葉を紡いだ。



「おじさん、だあれ?」




数分後、二人は軍舎の前に立っていた。軍舎、といっても男が所属する前衛部隊の宿舎である。比較的少人数で構成されている為、皆友人のようなものだ。小さな手が、リンスの節榑立つ手を強く握りしめる。そのことに気付いて、彼は優しく頭を撫でてやった。ほんの少し間を置いてから、リンスは扉を開ける。馴染みの眼が一斉に此方を振り向いた。


「おうおうおう。そのちっこいの何だ?」

「セックス用にしちゃあ小せえなァ!リンスそういう趣味かよ」

「ヤったら俺にマワせよな」



口々に卑猥の言葉を吐く仲間を視線で沈黙させて、リンスは幼女に目を落とした。欲の矛先となった彼女は、純粋な目をしたまま、ぐるぐると部屋を見渡している。

白色の四角い部屋の中に、蔓延する男の匂い。脱ぎ散らかした服に、放置されたままのシーツ。整然と並ぶベッドに、乱雑に転がる小物達。荷物は散乱としている。見たところ金持ちである幼女にとっては珍異なのかもしれない。


「あの、皆さん、わたし、ニケと言います」

「変な名前だな!」




唾を飛ばす様に、部屋の隅のベッドの上に座る顔の半分を覆うマスクをした男が嗤った。すると、幼女は男を睨んで、ずんずんと歩き出した。向かうのはベッドに座るマスク姿の男、ゼスだ。

「ねえ、あなた!」

ゼスは喧嘩腰になったのか、嘲笑すると、マスクに手を掛けた。リンスはそれに気付いて少女に手を伸ばすが、時既に遅し、彼はマスクを外していた。その下に現れたのは、醜悪な程に歪んだケロイド状の皮膚だ。幼い彼女にとってはトラウマにすら成りかねないものだ。

しかし、彼女は男を見据えたまま、顔色一つ変えずに歩を進めている。彼はこれを見せれば、泣き喚いて逃げ去ると思ったのだろう。想像とは異なる反応に、僅かな動揺を滲ませる。



「それが何よ。わたしの両手は義手よ。それでもあなたは私をきらわないでしょう。わたしをしらないんだから。それと同じ」


幼女は、どうやら、幼女ではなかったらしい。意思を以て輝く瞳に、ゼスは小さく首を竦めた。親に怒られる子供の様だ。



「わたしの名前はニケというの。あなたのなまえは何というの?」

暫くの後、彼は、ゼスだと呟いた。拗ねた口振りに周囲の仲間が笑っていた。リンスはそれを見ながら、口角を僅かにあげる。柔和な色が無機質な白に色を与える。


「すてきななまえね。ねえ!すごいわ!」


少女は微笑むと、ゼスに抱きついた。ゼスは眉根を寄せると、苦笑を零す。嫌悪の含まれていないその口元から、落ちてきたのは。



「君の名前も、素敵だよ」




天使は空から降ってこなかった。その代わり、小さな少女が、優しく微笑んだのだ。




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