大地主と大魔女の娘
『旦那の後ろから小さな影がおずおずと姿を現した時には、この世の見納めかと思いました。』
「以上がよろず屋の主からの一言でした。旦那、あんまり庶民をからかわないで下さいよ。かつかつに生きてりゃ、ガツガツするのが商売人。誰もがまっとうに商いしている訳じゃないこと、理解しておくんな?」
「心する」
「ありがたい」
それから二人、無言で杯を呷る。
菓子屋の店主とはどういうわけか、また一緒に酒を飲んでいる。
別に待ち合わせた訳ではない。偶然に居合わせたからだ。
スレンとの乱闘騒ぎの侘びも兼ねて、酒場のマスターに用もあったから顔を出した。
そこで声を掛けられたのだ。
「お。旦那。一人かよ」
「あんたもか」
「まあね~。カカアと坊主は夢の中なもんでね」
カルヴィナを連れて館に帰ってから二日目の夜である。
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髪を売った経緯を聞いて寒気がした。
何だって?
知らない男に「仕事を世話してやる」と路地裏に引っ張られて行き「身体が駄目なら髪を売ってみるか」と勧められた、だと?
気が付けば菓子屋の店主――カレード(今初めて名前を聞いた)に、あの後の顛末を話していた。
「旦那のせいだけじゃなから。そんなに思いつめないでくれよ~?」
「いや。俺のせいだ。アレが髪を切ったのは俺がアレを……侮辱して傷つけたからだ」
「何!? 気にしてんのそっち!? あ、いや。うん、重要な事だけどさ。そっか~。女の子傷つけて泣かせちゃったのか。うん、うん。旦那、俺だって覚えがあるよ。物凄い罪悪感でどうにかなっちまいそうなんだよな。でもさ。いざ、謝ろうと思っても固まっちまって表情険しくなるんだよな。だから向こうさんは本気で怯えだすんだよな。あああ、なんという~苦い思い出」
菓子屋の店主は大げさに頭を抱え、カウンターに突っ伏した。
正直、鬱陶しい。