大地主と大魔女の娘
「寒いのか?」
「いいえ。そんなには寒くありません」
「ならば何故……。」
言い掛けて言葉を飲み込んだ。
月の光を浴びにわざわざ出てきたのに、ショールを被ってしまっては意味が無いはずだ。
そう言おうとして留まった。
深く身を隠すようにしながら、彼女は身体を小さく丸めている。
かろうじて覗く手指だけが月光に白く浮かぶ。眩しいほどだった。
カルヴィナは俺の目に自分の色を晒さないために、そうしたのだと気が付く。
俺が来たからそうさせたのだ。
一気に酔いが醒めた気がした。
石段に腰掛けたままのカルヴィナと、視線を合わせるために膝を折った。
「悪かった」
「え?」
「おまえに暴言を吐いた。おまえは気に病まずとも良い。もっと自由に堂々としていてくれ」
「何を仰って……地主様?」
「悪かった」
「あの、謝らないで下さい」
心底困り果てたように娘は慌てていた。
俺の差し出す指先に怯えるように身を引きながら、ますますショールをしっかりと被りこむ。
俺の指先が、ショールを払い除けようとしているのを避ける。
カルヴィナは固く瞳を閉じて、こちらを見ようとはしなかった。
「あの、その、地主様が何故、わたしごときに謝られるのですか? そんな必要はありませんでしょう?」
言葉に詰まる。
誠心誠意を持って謝り倒した。
その言葉を励みにもう一度、繰り返す。
「いや、俺が不適切であった。オマエを傷付ける権利など俺にはない。あの時はどうかしていた。許して欲しい」
「許すも何も、わたし、最初から地主様のこと、許さないと思った覚えがありません。怒っていませんから、どうか、気に病まないで下さいませ。あの、本当に地主様が謝られる事は無いのです。だって、本当の事を仰られただけですわ?」
「……。」
俺はとんでもない間違いをしでかしたのだけは、嫌というほどわかった。
こんなに心身ともに、力を根こそぎ奪われたと思った事は無い。
もっと酒を飲んでおけば良かったかもしれない。
そうすれば酒の勢いを借りて、強固な魔女の心を倒すまで謝り続けられたものを。
その晩、倒されたのは俺の方だった。