大地主と大魔女の娘
カルヴィナが慎重に身体を屈めて、ショールから片手だけを足元に伸ばした。
転がり落ちた杖を拾い上げようとしての事だろう。
それよりも素早く杖を拾い上げると、自分の腰帯びに差し込んだ。
ただ木を削っただけであろうそれは、手に心地よく馴染むまろやかさがある。
長さは俺の剣よりも少し短いくらいだ。
魔女の娘が体重を掛けているせいか、先の方は磨り減っていた。
「地主様? あの、杖をお返し下さい」
杖が自分の手に戻らなかった事を疑問に思ったらしい、不満げな声が上がった。
杖を受け取ろうとし、ショールからさ迷い出した腕を掴む。
予想通りの冷え切った感触に、苛立ちを隠せないまま言葉を口にした。
「今、何時だと思っている?」
「え」
「皆が寝静まる時刻に、おまえが杖を突いて歩いたら音が響いて迷惑だろう」
「は……ぃ」
カルヴィナが掴まれたのとは反対の手で、胸元を握り締めながら答えた。
身体を後ろに引くようにして、掴まれた腕を引き抜こうと抵抗してくる。
だが俺にとってそれはもちろん、ささやかでしかない。
くすぶり始めた苛立ちは、取り返しが付かないほど燃え上がっている。
謝罪が受け入れられなかった腹いせとばかりに、カルヴィナに辛く当たる自分に愉悦を感じてもいた。
暗い歓びに支配されるままに、なおいっそう腕に力を込めて引いてやった。
力の差を思い知れとばかりに、指を食い込ませる。
自分の中でよせと制止を叫ぶ声と、もっとやってやれと煽る声が同時に上がる。
「痛っ」
「……。」
カルヴィナの痛みを訴える声も無視して、力を緩めてやる事はしなかった。
むしろ身体が浮き上がるほど強く、引き上げる。
それを怒りを買い、なじられているのだと思ったのだろう。
カルヴィナが声を震わせながら謝った。
「そこまで考えが至りませんでした。申しわけございません」
素直に頭を下げるカルヴィナに、さらに言い表しようの無い怒りが湧く。
「で、では、杖の先に布を巻きつけて戻ると致しましょう。そうすれば、音はいくらか和らぐでしょうから」
「……。」