大地主と大魔女の娘

大魔の娘と村長のせがれ



 『森の精霊よ。あなたの領域に入る事を許可し、恩恵をお授けください』

 森に入る一歩手前で、地主様が厳かに告げた。

 風が心地良く吹き抜けて行く。

 木々がざわめく。

 彼は許されたのだと知る。

 地主なだけあって、土地土地のものに彼はきちんと敬意を払う。

 彼という人となりを知り尽くしている訳ではないが、そこは早くから気が付いていた。

 そうでなければ、大魔女に会うことすら出来なかったはずなのだ。

 それはエルさんも同じ事が言える。

 彼はおばあちゃんが亡くなってから、ほとんど毎日やって来てくれたのが証拠だ。

 エルさんも胸に拳を当てながら、小さく呟いている。

 その瞳を伏せた表情は、とても真剣で厳かさが漂っていた。


 ただ一番後ろの年若いお付の人は、頭を軽く下げただけだった。

 見るからに心のこもらない、形だけのものに思わず眉をしかめてしまう。

 いななく馬の手綱を引きながら、その顔は飽き飽きしたとでも言いたげに見えた。

 彼は早く狩りに繰出したくてならないのだろう。

 すでに弓を持ち、背には矢を担いでいる。

 気の荒そうな白と黒の斑の猟犬は、その彼の馬の周りを激しく吠え立てながら、ぐるぐる回っていた。

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 森の中を行く。

 木漏れ日が気持ちよく、風でしなる梢の音が耳に優しい。

 小鳥が少し警戒しながら鳴き交わしている。

 少し遠くで笛を鳴らしたような、ピィィイ――ッという鋭い鹿の声がした。

 警戒している。


(そう。逃げて逃げて。人間が来たら近寄ったら駄目だからね)

 私も緊張しながら、心の中で叫んだ。

 しばらくすると鳴き声は遠ざかって行った。

 ほっとしたと同時に感じたのは、木々の隙間から窺う視線だった。


 こちらを射抜くものの気配がする。

(来てくれている)


 嬉しさがこみ上げてくる。心強くて、嬉しかった。


(でも、あんまり近付いたら駄目だからね。危ないから)


 同じように心の中で告げる。

 森の彼は巧みに気配を殺しながら、地主様の馬に合わせて一緒に進んでいる。

 猟犬達はやはり気がついているのだろう。


 時折り彼のいる方向に向って鼻を高く持ち上げている。


 だが、これといって飛び出して行ったりも、吠え立てたりもしないでいてくれた。


 彼の実力と気配に押されてなのか、少し怯えたようにも見えるのは気のせいじゃないと思う。



(やっと、久々に会えるかもしれない)


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