大地主と大魔女の娘

「それはまだ許嫁とは言わないな」

「うるせーな! 俺が先に名乗りを上げていたんだ。その権利がある」

「どこの決まりだ、それは」

 突然の言葉に思考が付いて行かなかった。

 それに構わず、青年が続ける。

「エイメ。おまえの名はカルヴィナと言うのが真(まこと)なのか?」

「ううん。地主様が……名付けて下さったの。名乗る事が出来ませんので便宜上、娘(エイメ)とお呼び下さいって言ったらね」


 地主様を窺うようにしながら、そっと説明した。

「皆さん、それぞれ素敵な名前を付けて呼んでくれているの」

 そう付け足す。

「そうか。なら安心した。まだ、誰にもオマエは真の名を名乗っていないのだろう?」

「う、ん。まぁ」

 魔女の名はそのまま力を持つ。

 真名を呼ばれるのは、身も心も――魂までをも支配されてしまう事を意味するのだ。

 だから、生涯ただ一人と決めた相手以外に、名乗ってはいけないし呼ばせてもいけない。

『おまえが真に、身も心も委ねてもいいと思える相手だけに名乗るんだよ』

 そうおばあちゃんから教えられた。


「大魔女が言っていた。オマエ自身が自ら、名乗ってくれたならば許可すると」

 そう言って私をじっと見つめながら彼は腰を上げ、そしてその場で跪いた。


 胸に手を当てている。


 琥珀の瞳がじっとこちらを見つめてくる。


 逸らすのを許さないと言うよりも、逸らさないでくれと懇願されているような真摯な眼差しだった。


「だから、エイメ。俺に本当の名を教えてはくれないか。俺に、俺だけに」

「どうして?」

「オマエは人の話を聞いていなかった……訳じゃないよな? 頼むぜ」

「聞いていたけれど、意味がわかりません」

「オマエの名を俺だけに呼ばせて欲しいからだ」

「村長の後を継ぐものとして、魔女の私を支配してしまいたいからそう言っているの?」

「…………。」

 地主様は押し黙ったまま傍らに居る。

 それだけなのに、ひどく怖かった。

 何だかよくわからないが、私の事も含めて怒っているようだ。


 何だろう、このいたたまれない空気は……。


 エルさんはまだ、戻って来ないのだろうか。




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