大地主と大魔女の娘
今日は神殿勤めがあったので、迎えがいつもより遅れたなと感じた。
まだ日は昇っているが、傾き始めている。
森の中とあってはなお更、陽射しは木立に遮られる。
幸い天気は良い。
少々急げば、日が落ちきるまでには館に戻れるだろう。
そんな事を思いながら、馬を繋ぐ。
こちらが向う前に、魔女の家の扉が開いた。
愛馬のいななきが先触れとなったのだろう。
カルヴィナが村娘に手を引かれながら、こちらに歩いてくる。
娘二人はじゃれあうように笑っていた。
金の髪の娘が、黒髪の娘に何やら耳打ちしている。
実に分かりやすい、内緒話の最中のようだ。
カルヴィナはいつもの困惑顔で、金の髪の娘の話に小さく答えている。
聞き耳を立てる気はないのだが、だいたい聞こえてくる。
たいていが、俺の事をカルヴィナに尋ねている。
カルヴィナは、それに困惑しているのだろう。
それでも、律儀に答えてやっている。
しかし大概、何かを期待している金の髪の娘の思惑からは、外れた事を言っているのは予想が付いた。
(本人を目の前にして噂話か。いい度胸だ)
あまり居心地の良いものではないが、さりとて別段、咎めるほどでもない。
よって、そ知らぬ顔でやり過ごす事にしている。
女の話に口を挟まない。
それは俺が姉との日々で学んだ事である。
「お疲れ様でございます、大地主様」
ミルアという威勢のいい娘が、しおらしく頭を下げてきた。
その様子からは、どこにも悪びれたところが見受けられなかった。
聞かれていないとでも、思っているのだろうか?
無邪気なものだなと思う。
「ああ、ご苦労。準備は進んでいるか?」
「はい。何とか、間に合いそうです。エイメが来てくれて、とても助かっております。魔女の知恵は森を生きる知恵でございますから」
こちらを見上げて、にっこりと笑って見せた。
心の底から楽しんでいるような、自信に満ち溢れた笑みだった。
それに背を向け、いつものようにカルヴィナを抱えあげて、馬に乗せる。
そうして自分も跨った。
体勢を落ち着けて、馬上から見下ろす。
「今日もありがとう、エイメ。また明日ね!」
「うん、ありがとうね。また明日ね、ミルア」
このミルアという娘も、いかに淑やかに振舞っていても、何故かしらそうは見えない。
黙っていても自身の存在を主張してくるのは、生まれながらのものと、生い立ちからのものだろうと思う。
同じような性質の姉や姪が浮かぶ。
そんな事に思考を飛ばしていると、ミルアが声を掛けてきた。
「ところで地主様」
「何だ?」
「毎日、エイメを送り届けるのはご負担ですか?」
「問題ない。何故、そのような事を訊く?」
「エイメが地主様にご迷惑ではないかと、気に病んでおりますので」
「……ミルア」