大地主と大魔女の娘
「今日は乾燥させた香草を、枝、葉っぱ、花に選り分けました」
そう報告するカルヴィナの髪から、ほのかに甘い香りが漂う。
この娘自体が甘い芳香を放っているようだ。
この森の木々の合間を吹き抜ける、清涼感のある香りとは異なる。
カルヴィナ自体がその香る花だ。
魔女の家を後にして、森の木立の中を進むと、いつもの気配が寄り添ってきた。
姿は見えない。
だが、こちらの様子を窺いながら、付かず離れずで追ってくる。
初めて一緒に森に入ってから、それはずっと続いている。
森を抜けると気配は追いかけては来ないが、視線だけは追いすがるように感じる。
おそらく森に住まう獣か何かの類なのだろう。
カルヴィナに懐いているが、俺に用心して、けっして姿を現さない。
カルヴィナも答える気はないらしく、いつも困ったように微笑むだけだ。
「もう少し森の中を行ってみるか?」
軽い気持ちでそう提案した。
「はい!」
カルヴィナがいつになく積極的に、力強く頷いた。
とてつもなく嬉しそうに、瞳を輝かせてこちらを見上げてくる。
血の気の薄い頬に赤味が差していく。
何だ、この程度の事でこの娘は喜ぶのか、という想いもよぎる。
「どこか行きたい所はあるか?」
「えっと、あちらの方に行きたいです、地主様」
身を乗り出し、あちらですと指差す。
「こら。落ち着け、危ないだろう」
「はい、地主様」
苦笑しつつ、華奢な胴回りを抱え直す。
とたん腕に、娘らしい柔らかさが掠める。
どんなに発育が未熟であろうとも、年頃の娘なのだ。
女という身がまとうやわらかさは、明らかに男ではありえないものだ。
それなのに、この娘ときたら。
こちらがあきれ果てるほど、無防備なままだ。
俺に対して、いつも警戒心露わだが、着目点が違う気がしてならない。
カルヴィナの怯える点。
それは俺の機嫌の良し悪しだ。
それによって、怒鳴られたり、睨みつけられると怯えている。
その点は俺が悪い。
だが、他の視点からの心配はいっさい、していないのが伝わってくる。
男として嬉しいような、哀しいような、複雑な気分に陥る。
年若すぎるカルヴィナに、男の目線がどうあるかなど、思いもよらないのだろう。
そうでなければ、いくらなんでもそろそろ、俺の手元がおかしいと気付き始めるはずだと思う。
あらためて、大魔女の教育の程を問い質したくもなる。
しかしまあ、この娘に警戒心を期待する方が、無駄というものだとも悟っている。
彼女は大魔女の娘。
森に、魔女の知恵に守られて、大切に保護されてきた娘―――。
だからこそ、その無防備さに付け込む存在に、過敏に反応してしまう己にも気が付いてはいる。
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「あちらに何があるのだ?」
「えっと。地主様にもご紹介いたします」
「何?」
「森の、あの方を」
カルヴィナがはにかみながら、夢見るような口調で答えた。
ピィィィィ――――― ……。
何故か小鳥のさえずりが、やたらと遠くに感じた。