大地主と大魔女の娘


 足元に伸びる影が長い。
 風が少しだけ冷たさを帯びて、肌寒さを感じる。
 それも女の子たちの熱気に押されて、あまり構う所では無かった。
 ふいに影が深まった気がした。

「お疲れ様でございます、地主様」

 違和感に振り返る前に、ミルアが立ちあがって挨拶をしていた。
 驚いて固まっていた皆もそれに倣う。

 皆、恐縮して畏まっていた。
 騒ぎはピタリとおさまっている。

 皆が地主様に注目している。

 今日もお勤めがあると仰っていたから、きっちりとした神殿の騎士様の格好だった。

 そんな彼はどこにも浮ついた所が無く、全くもって隙の無い厳しさを漂わせていた。

 そういう所がまた、彼はオトナなのだと思う。


 深い夜空を思わせる瞳が、まっすぐに私を見つめてくる。

 何となく、居たたまれない気持ちに襲われるから、逸らしてしまう。

 それでも彼は、私から視線を逸らす事は無かった。

 強い眼差しに引っ張られるように、何とかもう一度彼を見上げるのが常だ。

「迎えに来た」


 座り込んだままの私に、手が差し伸べられる。

 反射的に身を引いてしまった。

 地主様の動きが止まる。


「あの、えっと。その、今日も帰らねばなりませんか、地主様?」


 思い切って尋ねてみた。

 このまま魔女の家に泊まり込んで、色々と用意したいものが出来たから。

 でも、彼は無言のまま首を横に振ると、いつものように私の脇をすくい上げる。

 抱え上げられて、視界が高くなる。

 ミルア以外、瞳をまん丸にして驚いていた。

 当然だ。


 私だっていまだに驚く。

 ミルアが杖を地主様へと渡してくれる。

 手馴れたものだ。

 少しだけ離れた木に、馬が繋がれているのが見える。

 そちらへと、地主様が歩き出す手前、ミルアが声を張り上げた。

 皆もそれに続く。

「じゃあ、また明日ね! エイメ」

「今日はありがとう」

「さようなら、またね」

「明日も待っているからね」

「うん、ありがとう。また明日ね。さようなら」

 地主様に抱えられながら、皆に手を振った。

 視界の端で、やぐらの作業にあたっていた男の人達も、手を振ってくれているのが見えた。

 そちらにも手を振った。

(もうちょっと、皆と話していたかったなあ)

「……地主さ、」

「駄目だ」


 地主様の返事は、私が帰りたくないと、もう一度口にするよりも早かった。


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