大地主と大魔女の娘
祭り三日前
「よぉ」
今日はいつもより、早い時間に迎えに来れた。
まだ日暮れまでには充分時間がある。
うららかな昼下がり。
魔女の家の扉を開けると、そこには村長の息子――名は確か、ジェス青年が居た。
俺を見ると、やる気の無さそうな声が掛かった。
椅子に腰下ろし、身体を前に折りこむ様にして、何やら手作業をしている。
随分と椅子が小さく、窮屈そうに見える。
この青年がいるというだけでかさ張って、魔女の家が手狭に思えた。
扉の取っ手に手を掛けて、押し開けた格好のまま踏み込まず、固まった俺にジェスがため息を付く。
「カ……。」
カルヴィナはどうした、と口を開きかけた途端、青年が人差し指を己の口元に立てて見せた。
そのまま指先で流れるように、部屋の奥の扉を示した。
「……。」
さらに村長のせがれは黙ったまま、顎をしゃくる。
俺の訝しげな視線を一瞬受け止めてから、肩をすくめると、再び手元の作業に戻った。
何なのだ。
何やら癪に障ったが促がされるまま、そっと奥の部屋に近付く。
扉は薄く開かれている。
慎重に覗き込むと、そこには二人の娘が仲良く眠り込んでいた。
射しこむ午後の陽射しを受けて、黒い髪と金の髪がつややかに輝いている。
最初に湧き上がったのは怒りだった。
それも無邪気に眠る娘二人を前にしている内、脱力に変わって行った。
闇色を授かった娘は光の祝福を一身に受けて、微笑んでいるようにも見えた。
気持ち良さそうに眠っている二人は、赤ん坊だった頃の姪を思い起こさせる。
陽射しをやわらかく受け止めて、頬や唇のまろやかさが浮かび上がって見える。
そうだ。
あれはまだ幼さの残る少女だったのだと思い出して、視線を外す。
靴も脱がずに、寝床には足先を出して横たわっているのには、思わずため息が漏れた。
そう高さも無い寝床は、老体であった大魔女の寝床だったのか。
足の充分上がらない娘のものか。
二人とも、やや突っ伏すように眠り込んでいる。
その手元には作りかけの腕輪やら、色石やらリボンやらが握られたままだ。
大方、ここの所の作業の疲れが出て、眠ってしまったのだろうと察しは付く。
だが少々違和感を覚えた。
寝床から少し離れた所に、空のカップが二つ盆に置かれていた。
その側には果実(かじつ)らしきものを漬け込んだらしい、瓶が見えた。
『どうぞ、地主様。じき、祭りも近いからね。魔女特製の果実酒を振舞うよ』
見覚えある瓶に、かつての大魔女の言葉が蘇る。